初恋

遠雷

夏が始まる辺りから、章子さんの様子がおかしいのに、直ちゃんは気がついていた。

高校を出てから付き合い始めた恋人は、自分が休みの日にだけ会うことができる。
章子さんも仕事があったから、たいてい夕方から夜までの短い時間だけだ。

週末は仕事だったし、第一、子どもがいる章子さんにとっては「家族の時間」なわけで、無理を言うのはいやだった。

もっとも、その家族の時間にも、章子さんの子どもはいつの間にか自分の部屋にいることが多くなり、どっちと付き合っとるんかわからんな、と苦笑することもしばしばであった。

章子さんもいればいいのに、と思う。
だけど、いたらいたで、隆司とどんな風に話せばいいのかわからない。

最初、反対していた隆司は、一年たつ頃には何も言わなくなり、
それどころか、「母を裏切ったら殺す。」と言うようになった。

それでも、一緒にいたらそれなりに気まずいような気もする。

待てよ、よく考えたらこいつがおれの子どもってことになるのかな。

やや飛躍した考えに、やっぱり当分三人で過ごすのは難しいと思うようになった。

それでもいつか。

その章子さんは、もともとから仕事熱心で、忙しいと平気で逢瀬を断ってくる。

「あいつは仕事ばっかりしてる。」と隆司がすねる気持ちがわかる気がする。

だから二週連続で会えないと言われたときも、じゃあ毎日電話するから、声だけはきかせて、と言ってぐらぐら揺れる心情を整理した。

そうして、久しぶりに会えた章子さんは、どこか疲れているようであった。

「どうしたん?」と、昨日帰りに買ってきておいたケーキを出す。

「うん。」と言って黙っているから、「仕事、大変なん?」と重ねて聞いてみる。

章子さんは、直ちゃんが卒業した次の年に、直ちゃんの学校よりひとつ下のランクの学校に転勤になった。

電車で通えるし、ちょっと楽かな、と笑っていたが、
自分とのことも影響したのではないかとふと心配になった。

母親が校長に怒鳴り込んだ経緯もあったし、
結果的に事実になったことではあるけど、
学校で教師にとってはあまり好ましくないうわさが流れたことが思い出される。
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