初恋

七月

翌週学校に行くと、樹里ちゃんが何事もなかったような顔で近づいてきた。
「あれからめっちゃ盛り上がってんで。今度は一緒に行こな。」などと言う。

わたしたちが、あの古い部屋であんなに深刻な話をしているときに、
楽しく歌を歌っていた人がいたんだと思うとおかしかった。

「また誘ってな。」と答えて、普段の生活がはじまった。

授業の予習、(ほんとはやりたくないけど、語学の授業は高校のそれよりも厳しいのだ)アルバイト、慣れない家事なんかをこなしていると、
あっという間に日々は過ぎていった。

アルバイト先のパンの値段もたいてい覚えた。
レジもスムーズに打てるようになって、常連さんの顔も覚えた。
お店の女の子たちともずいぶん仲良くなった。

留美ちゃんは、結婚式場の配膳のアルバイトを始めた。

なんか古臭い考え方で、まともに教えてくれへんねん。
自分で盗め、みたいな感じでいやになるわ、と仕事のやり方がわからないことを嘆いていたが、
賢くて根性のある留美ちゃんは、少しずつ慣れていっているようだった。

その留美ちゃんには、本当のことを話した。

お互いにアルバイトが早く終わった日に、
今度は留美ちゃんがわたしの部屋に来た。

スーパーのタイムセールで買った焼き鳥と、ビールをテーブルに並べる。

「砂肝が一番好き」と言いながら、
焼き鳥の串を片手に、留美ちゃんは話を聞いてくれた。

そして、「美代子も、直ちゃんもつらいな。」と感想を述べた。

「そうやねんよな。」と、ねぎまにかぶりつきながらわたしは答える。

ふと、この光景をりゅうさんが見たら卒倒するだろうな、とおかしくなった。

そのりゅうさんがあの日、帰り道でしたことは話さなかった。
現実ではないことにしたかったからだ。

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