「恋って、認めて。先生」

 お母さんは嬉しそうに両手の手のひらを合わせ、再び感謝の言葉を口にした。

「この前、夕の方から謝ってきたんです。『今まで感じ悪くてごめん』って。その日家族で話し合って、私達もあの子に謝り、わだかまりはなくなりました。滞っていた家族の時間が、ようやく動き出したんです。あの子は何も悪くないんですが、向こうから謝ってくれたのは、先生のおかげだと思っています」
「そんな、私は何も……」

 勢いよく首を横に振ると、お父さんがふざけた口調でこんなことを言った。

「男の中身は女で変わるって言うけど、アイツもそういう年頃になったんだなぁ。すっかり男の顔をしてやがる。先生に惚れてるよ、アレは」

 心臓が飛び跳ねそうになった。アルコールでリラックスしていた気分は、一気に熱を持ち緊張感に変わる。もしかして、ご両親は何もかも気づいてしまったのだろうか?

「もう、あなた!そういうこと言うから夕に怒られるのよ!?」
「悪かったって〜」

 あまり反省してなさそうに軽く受け流すお父さんを、お母さんがピシャリと止める。そして再び私に優しい眼差しを向けた。

「先生を困らせるつもりはないのですが、私もこの人と同じことを思ってるんです。あの子は、先生に特別な想いを持ってるんじゃないかって」
「今まで家に彼女の一人も連れてきたことなかったしなぁ」

 お父さんの言葉にドキッとした。比奈守君は、今まで付き合った子を家に呼んだことがないの?

 気持ちが明るくなるのを感じつつ、ご両親の前でそんな気持ちを出すわけにもいかず、私は冷静に答えた。

「息子さんに慕ってもらえることはとても嬉しいですし、未熟な教師として自信にもなりありがたく思います。私に出来ることで精一杯、彼の受験をサポートさせていただきますね」
「熱心に指導して頂いて、本当に心強いです」

 穏やかな口調ながらも少しうろたえたように、お母さんが尋ねてきた。

「でも、本当に、先生と夕はそれだけの関係なのでしょうか?」

 疑われている。そう思った。

 喉が渇き、テーブルの下に隠した両手が震える。まさか、比奈守君のご両親に秘密を知られるなんて……!

 永田先生にバニラの香りを指摘された時とは比べものにならないくらい動揺し、鼓動が速くなった。

「あの……。それはどういった意味でしょうか?」

 不器用にも、そんな質問を返すことでしか間を持てなかった。これじゃあ、比奈守君と深い関係にあると認めたようなものだ!どう話せば、ご両親の疑いを晴らせるんだろう!?
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