in theクローゼット
 靴は誰かに盗られることもなくちゃんとそこにあり、地面でつま先を叩いて履く。

 日は傾き空は赤く東は暗い。

 赤い光の中に黒い影が伸びて、それを背に眩しい太陽に向かって歩き始める。

 心なしか足取りが軽い。

 あの日、青山に一目惚れをしたのだと気付いた時から胸の底にあった鉛玉。

 ほんのちょっと篠塚と話しをしただけなのに、それが少し小さくなったように感じる。

 何が解決したわけじゃない。

 これからずっと、たぶん永遠に、そうそう理解されない自分の指向に悩まされると思う。

 周囲の偏見や差別に怯え、自分を殺し続けるのかもしれない。

 それでも、篠塚の前でなら自分らしくいられる。

 だからきっとなんとかなるんじゃないかって思う。

 同じ悩みを抱えた仲間がこんなに近くにいてくれた。

 全てを打ち明けられる友人が、出来そうだった。


「圭一、今帰りなのか?」


 校舎と体育館の間を抜けて、格闘技場前を通りかかったとき、聞きなれた声に呼び止められた。


「珍しいな、こんな遅くまでいるなんて」


 西門のすぐ傍にある格闘技場は、剣道部の練習場になっている。


「青山……」


 格闘技場の半開きの扉から俺に声を掛けてきたのは、青山透だった。

 防具を脱いだ袴姿に、手ぬぐいを被って竹刀を持っている。

 練習が終わったばかりなのだろう、薄く汗をかいていてまだ少し息が荒い。

 運動後の青山に負けじと俺の顔もきっと血色がいいと思う。

 よすぎる血色は、夕日のせいだと思って欲しかった。


「俺、今部活終わったところなんだ。一緒に帰らねぇ? 少し待ってろよ」


 勝手に了承するものと俺の返事も聞かずに、青山は帰り支度をしようと踵を返す。


「あ、青山!」


 それを慌てて呼び止める。


「ん? なんだ」


 頭の手ぬぐいを外して、青山の人懐こい目が振り返った。
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