愛に溺れる
始まり
私は物心ついた時から
親の愛情に貪欲だった気がする。



『お父さん…。』



私は父を呼んだ。話をしたくて言葉を
交わしかたった、その一心で呼んでみる。

でも父はそんな私の呼びかけにいつも、



『忙しいんだ、後にしろ。』




と、言う。忙しいのは仕方ない。
仕方ないんだと自分に言い聞かせる。

ただ純粋に父の言葉を信じた。

信じることしか出来なかったから。



お母さん。私にお母さんと呼べる人はいない。

体の弱かった母は、私を生んで体調を崩し
亡くなったと祖父母から聞いた。

だから母の優しさや声や温もりを知らない
ことが、何よりも悲しかった。

名前を呼んでもらえないことが何よりも
つらかった。



だからこそ、私は父を求めた。

名前を呼んで欲しくて見て欲しくて
父を呼び止めるけど決まっていつも



『忙しい。』である。



信じていればいつか振り向いて
くれると思ってうたがわなかった。



嫌われたくなくて好きになってもらいたくて
呆れて消えてしまわぬように
父の言葉に素直に従った。

まるで、呪文に縛られるようだった。



たった一人の父親だから
たった一人の家族だから…失いたくなかった。



捨てられることを恐れて愛されることを
望んで毎日を期待と我慢と失望で過ごした、



きっといつか明るくなると思っていたから
今だけだと耐えていた。



そんな中私は母について考えたことがある。



何も知らなかったから知りたくなって
いてもいられなくなって父に母のことを
聞いてみたことがある。

ただ一言どんな人だったか、と。
すると父は

『素敵な人だったよ。』



お前のせいで…。



言われてもない言葉が
聞こえた気がする。




妄想かもしれない。

現実かもしれない。

いや、すでに言われているのかも…。



聞こえないふりを続けた


目を背けたくて耳を塞ぎたくて


嫌な音だけ遮断するように。


都合のいいように解釈して。



私の過去の思い出は父方の祖父母と
暮らしたことが大半である。

赤ん坊の私は祖父母に育てられた
と言っても過言ではないだろう。

父にも母にも甘えられない私は
祖父母の優しさに心を救われた

祖父母がいなかったらなんて
考えたくもなかった。

しかし人は貪欲なものである。

祖父母の優しさに飽き足らず
父からも愛情が欲しかった

父に甘えたことのある私は
毎回絶望したのである。



『疲れてるんだ、後にしなさい。』
『忙しいんだ、ワガママ言うな。』



邪魔なんてする気もないから
落ち込みながらも身を引く私…

純粋に疲れているから
っと思っていた私は可愛いものである。



それが『拒否』とも知らずに。



しかし、そんな時恐れたことが
起きてしまったのである。

小学校に通う頃、祖父が病気で亡くなり
祖母が後を追うように心労が重なり
亡くなってしまったのである。

誰も居なくなってしまった。

名前も呼んでもらえない、
頭を撫でてももらえない、
笑いかけてくれたり、
たまにしかってくれたり、

当たり前にあったことが私にとって
心の支えが何もかもなくなってしまった

寂しいとか悲しいとか、もはや、
言葉に表せない感情が押し寄せてきた。

泣いても叫んでも声を枯らし
呼び続けても、誰もいないのだ。

涙がでなくなっても私は
狂い求めた、家族と言う名の



愛情、を



私は愛されない恐怖に怯えた。



仏壇の前に立てかけられた
祖父母の笑った写真。

私はずっと長いこと泣き続けた。

また声が聞けるんじゃないか。
有り得ない現実を望んで叫び続けた。



『おじいちゃ…ん。おばあちゃ…ん。』

私の名前を呼んで、わがまま言わないから
いい子にするから、お手伝いでも
勉強でも何でもするから頑張るから、

だから、



『一人に…しないで…。』



心からの叫びだった。

呼んでもらえないことが見てくれないことが
話してくれないことが聞いてくれないことが

今まであった私の支えが
何もかもなくなってしまったことが



何よりもつらくて、残酷なのだ。



これから先くる不安と恐怖に
見えない何かに押しつぶされる

そんな感覚に落ちていく
底のない果てしない闇に…。
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