睡恋─彩國演武─





「夜が明けないうちに、朱陽を出よう。私を闇が隠してくれるうちに……」


千霧は窓の外の沈む太陽を見つめながら、これからのことを考えていた。

行く当ての無い旅だが、目指す場所はある。


「そうですね。貴方は、ここでは目立つ」

「うん。それに白樹までは長いから、少しでも急がないと。こうしている間にも、状況は悪化していく」



進まなければならない。

進まなければ、変わらない。


(私には、進むことしかできない)


抱えていた月魂を、ギュッと抱き締めた。





太陽は顔を隠し、月が嗤う。

朱陽は、静寂と闇に包まれた。


「……では、行って参ります」


千霧は、紫蓮に向かって深く頭を下げる。


「残念だね。父上も見送りに来れれば良かったけど……執務を空ければ国が混乱するからってさ」


彼は肩を落としながらそう告げた。


「いいんです。……仕方ありません」


最後だから、できれば父にも会いたかった。

でもそんな願いさえ口にすることが出来ない自分が時折、憎らしくなる。


「沙羅」


先程から何も言わない彼女の背中を、紫蓮が押した。


「お気をつけて……」


笑顔を作る。

千霧は答えず、ただうっすらと微笑んでから、王宮に背を向けた。


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