睡恋─彩國演武─

夜中に出発したことにより千霧は睡眠をとっておらず、そのうえ休まず歩き続けたのだから、精神的、肉体的にも、常人ならとうに限界の状態だ。


限界を越した身体を酷使した末、二人は白樹の側で宿を見つけることができた。

ふらつく足を引き摺って、宿へ入る。


「ごめんください」


声をかけると、奥から初老の女性が顔を出した。


「あら、お客様なんて珍しいわ。どうぞ上がってくださいな」


女性は二人を快く迎え入れ、お茶を出してくれた。


「娘さん、綺麗ねぇ。どうぞ。この茉莉花茶(まつりかちゃ)は美容にいいんですよ」


「違──…」


娘さん、と言われたことを訂正しようとする千霧の口を塞ぎ、呉羽が答える。


「気を遣っていただいてすみません」


「いえいえ。私は嬉しいんですよ。最近の白樹は荒廃しきって、お客なんてめっきり居なくなった。ほんとに、稀な客人ですから」


女主人の言葉に、真っ先に反応したのは千霧だった。


「白樹が荒廃している?」


「もしかしてお客さん、ご存知でないの?今の白樹は、王子が行方知れずになって、親馬鹿の王が息子捜しで政治どころじゃなくなってるんですよ」


一瞬千霧は、沸き上がる怒りに言葉を失った。


「……とんだ愚君だ」


たかが王子一人の家出の為に仕事を放棄するなど、王にあるまじき事だ、と千霧は握った拳を震わせた。




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