腹黒王子の取扱説明書
「事故に遭われても困る。これは上司命令だよ」

また勝手な事をって思った。

でも、俊はエレベーターを出て玄関前に停まっていたタクシーに私と一緒に乗り込むと、何も言わずに指を絡ませてくる。

私は彼の手を離せなかった。

父に会うのが怖くて仕方なかったのだ。

病室で父の惨めな姿を見るのが嫌だった。

すっかりかたくなり、点滴の針も刺せなくなった父の身体。

自分で痰も出せず、吸引器で痰を吸い出されても苦しむ様子を見せるだけで痛いとも言えない。

私はあの魂を吸い取るようなジョボジョボといった吸引器の音が嫌いだ。

憎むべき対象があんなひどい姿になってしまうと、もうどうしていいのかわからない。

憎いのに……相手は弱って死に近づいていく。

「怖い……」

私が身体を震わせながらそう呟くと、俊は大丈夫だとでも言うように私の肩を優しく抱き締めてくれた。

俊がいなかったら私は逃げて結局病院に行かなかったかもしれない。

今の私は彼にすがるしかなかった。
< 192 / 309 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop