【完】山崎さんちのすすむくん



分厚い雲が覆った空から細かな雨が音もなく降り注ぐ。


夜半からしとしとと降り続く雨は、通りのあちらこちらに大きな水溜まりを作っていた。


しかしながら重厚な門構えの公卿屋敷から漸く解放された俺は、そんな湿った土の臭いすら心地よく思える。



「いつも悪いな、山崎くん」


前を歩くのは新選組の局長である近藤勇殿。


その威厳のある堂々たる立ち姿はまさに我等が長といったところ。


黒の傘が良くお似合いだ。


今日の任務はこの方のお付きである。


「いえ、私めがお役にたてるので御座いましたら何処へでも御供させて頂きます」

「む、いつもながら固いな。そんな畏まらなくていいんだぞ? 俺なんて元は小さな道場主だ。それに山崎くんの知識があってこそこうして公卿方とも政論を語れるんだからな」


はっはっはと豪快に笑うこの人だからこそ隊士から人望も厚く、局長として相応しいのだろう。


穏やかでありながら真っ直ぐに熱い。


土方副長が共に駆けたいと願うのも頷ける。


「しかしなぁ、歳ももう少し政道に興味を持った方がいいと思うんだが。いつも山崎くんに任せてばかりで困った奴だ」


確かに局長が公卿方と政治を論ずる時はいつも俺に声がかかる。


だが。


「僭越ながら申し上げます。興味がないと言うことではないでしょう。私からの報告も聞いていただけますし、政局も十分に理解していらっしゃいます」


あのお方は頭が良い。肝も据わっておられる。


いざとなれば公卿とも対等に渡り合えるだろう。


そして頭が良いからこそ、己の役所をわかっていらっしゃるのだ。


局長を立てた上で、相手に余計な隙を見せないように大幹部が揃って出向くことを避けている。


故に幹部でない私を遣わせるのだろう。


僅かに前を行く近藤局長が此方を見ながらかパシャリと茶色く濁った水の上を歩く。


そしてそのゴツゴツとした野性味溢れた顔を破顔させた。


「そうか、要らぬ心配だったな。うむ、流石山崎くんだ! 一年足らずでもうそんなに歳のことをわかっているのか。まるで歳の嫁さんだな」

「よ…嫁ですか」


それは……喜ぶべきか?
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