【完】山崎さんちのすすむくん





「大樹公が上洛、ですか」


野口の切腹から二日が経った日の逢魔刻(夕暮れ時)。


今日の報告を一通り終えた俺は、土方副長の逞しい背中から放たれた言葉を復唱する。


「ああ、一昨日江戸を発たれたらしい。海路で先ずは大坂に御入りになるそうだ。俺達にその警護の命が下りた」


乾いた音をたて、紙を捲る副長の言葉の続きは言わずもがな、だ。


「では、僭越ながら私もお供させて頂きます」


大坂は通りも狭く入り組んだものが多い。


この京とはまた違った分かりにくさがある。


しかしそこは俺にとって生まれ育った場所。


言わば庭のようなものだ。


東国出身の幹部が多い此処では土地勘のある俺は畏れ多くも重宝されており、こういう時には必ず同行することになっている。


「恐らく年明け早々に天保山沖に御見えになるだろう。二日には俺達も下坂する」

「承知致しました」







夏以来の大坂、か。


部屋を出た俺は濃藍に染まった廊下を進む。


空に浮かぶ月は淡い光で庭を柔らかく照らしていた。


因みに普段俺の着ている物は濃い色味の藍系ばかり。


これだと町を歩いても違和感はないし、夜の闇に紛れるのにも実のところ黒よりも馴染むから、だ。


勝手場に着く頃には辺りはすっかり闇色に包まれていて。


ガタガタと戸を開け中へ入った俺は、一先ず先客に声をかけた。



「……こんばんは」
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