マネー・ドール
 どうしよう。これからどうしよう。
軽はずみな気持ちで、他の男の女に手を出し、他の男から奪い、他の男の女を手に入れた。俺は、杉本将吾という男の人生をほぼ埋めてきた女を奪ってしまった。金で、杉本の一番大切なものを……買った。
 箱の中には、着古したあのタンクトップのワンピースとか、シミのついたエプロンとか、白いブラウスとか、タイトスカートとか、今の真純には無用のものが詰まっていた。

 家に帰ると、部屋に真純はいなくて、とりあえず段ボールを押入れに入れた。杉本と会ったことは、言わないつもりだった。ていうか、言えるわけない。
俺は、『責任』という現実から逃げたかった。あの花火の日に、戻りたかった。花火に誘わなかったら、俺達はこんなことにはならなかった。

「ただいま」
真純がスーパーの袋を抱えて帰ってきた。
「ふう、寒かったぁ。ご飯、作るね」
 笑顔でシステムキッチンに立ち、ブランドもののフリフリのエプロンをして、真純は料理を始めた。いつの間にか、キッチンには調理器具とか食器が増えていて、ドイツ製の包丁とか、イタリア製の鍋とか、フランス製の食器とか、真純は上機嫌に料理をして、四人がけのダイニングテーブルに、夕飯を並べた。
 今日の献立は、肉じゃがと、味噌汁と、茶碗蒸し。どれも美味くて、俺は飯をおかわりした。
「美味しい?」
「ああ、美味い」
真純は微笑んだ。俺はこの真純の笑顔が好きだ。押し入れの段ボールをどうしようか考えていたけど、なんか、もうそんなことどうでもいい。やっぱり俺は真純が好きなのかもしれない。杉本ほどじゃないけど、好きなんだ。
俺は、目の前で俺だけのために笑う真純に見惚れ、舌ったらずに一生懸命、今日の出来事を話す真純の、ちょっと掠れた声に聞き入っていた。そしていつの間にか、オーブンの話になっていた。
「ねえ、オーブン欲しいの」
「オーブン?」
「オーブンがあればね、色々お料理できるし、ねえ、いいでしょ?」
「明日、電器屋、行こうか」
「うん。行く」

 俺達は二十一の学生のくせに、セルシオで電器屋に行って、二十万近くする最新のオーブンを、躊躇なく買った。もちろん、親父のクレジットカードで。
次の日、オーブンが届き、真純は早速ローストビーフを作っていた。
この肉、いくらなんだろう。たぶん、和牛の、めっちゃいい肉だよな。
「どう? 美味しい?」
「うん、美味い」
残念ながら、真純は本当に料理が上手くて、家事も上手くて、掃除も洗濯も、学生なのに完璧で、俺は杉本の気持ちがわかりつつあった。離したくない。真純はそう思わせる女だった。
 そして、欲しい物を手に入れた夜は、俺の誘いにすんなり応じる。いつしか、真純とのセックスは、何か物を買った見返りのようになっていた。俺は真純を抱きたくて、親父のクレジットカードを使いまくった。俺は親父の金で、真純の体を買っていた。

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