マネー・ドール
「慶太くん、これ……まずいなぁ……」
しかし、松永さんに呼び出された俺は、現実を目の当たりにする。
「今月だけで百万超えてるよ? いったい何に使ってるの」
ヤバイ……調子乗りすぎた……
目の前にはクレジットカードの請求書。
「あの……親父、これ、知ってますか……」
「まだ先生には見せてないけどね。ここ半年、ずっとこうだよね? 今月はさすがにね……」
親父の金の管理も松永さんがずっとやっていて、親父のキャッシュカードを持ち出した時も、セルシオをぶつけた時も、いつも松永さんが処理してくれていた。
 そして、予想通り、メインは金の話ではなかった。
「慶太くん……女の子と住んでるらしいね」
「はい……あの、でも、俺……」
どうしよう。もうここは……逃げ道はこれしかない。
「その子と、結婚するつもりなんです」
松永さんは驚愕の目で俺を見ている。そりゃそうだろう。頭はいいけど、フラフラ女と遊びまくってる俺が、急に結婚とか。
「本気なの?」
本気……かどうか……もう、わかんねえよ……
「は、はい」
「まさか……妊娠、じゃないよね?」
「違います。違うけど、俺、本気なんです」
ああ、俺はいつまでこうやって口先だけで逃げるんだろう。逃げて、逃げまくって、結局追い込まれるだけなのに……
「そう、わかった。そこまで言うなら構わないけど……今度会わせてもらえるかな。その子に」
「ど、どうして……」
「佐倉代議士の息子の嫁として、ふさわしいかどうか、ね」
「わ……わかりました……」
どうせ、身元調べるんだよな……真純の身元……身元? そうか、もし、これでアウトってことになったら、俺は無罪放免、真純と堂々と別れられる。杉本、仕方ないだろ。俺達の世界はそんなもんなんだよ。
「それから、クレジットカードね。しばらくは禁止だから。いいね」
カード、取り上げられてしまった……どうしよう……真純とセックスできないじゃん。でもまぁいいか。これで真純が出て行けば、それはそれで。
真純が出て行くんだからな。俺に責任はない。

 なんとなく、真純が重く感じ始めていた俺は、無責任な逃げ道を見つけて、ちょっと気が軽くなっていた。
「おかえり」
真純は新しいブランドの花柄のエプロンで、俺を出迎えた。
「今日はね、ローストチキンだよ」
あれ以来、真純はオーブン料理にはまっていて、出てくるもんがいちいち美味くて、俺は遊びもせず、家で飯を食っていた。
「美味しい?」
「うん。美味しい」
真純は嬉しそうに笑って、今日の出来事を一生懸命話す。そして、俺の横に来て、おねだりをする。
「ねえ、今日ね、超かわいい指輪見つけちゃった」
「指輪?」
「うん。ティファニーのね、ピンキーリング。すっごくかわいいの」
買えってことか……もう、しばらくは無理なんだよなぁ。
「あのさぁ、真純。今日、実はさ……」
「なになに?」
身を乗り出した真純の胸元は大きく開いていて、中の黒いブラジャーに詰め込まれた乳肉がモロに見えた。
「いや、なんでもない」
やっぱり……こいつの体、たまんねえ……
「今日、クロ?」
「やだぁ、見えたぁ?」
「うん。色っぽい」
恥ずかしそうに笑う真純を抱き寄せて、胸元に手を入れて、唇を奪う。
「したいの?」
「うん」
「お店、いつ行こっか?」
ああ、そうか……でも……
「土曜日、かな」
また、俺は……
「うん。約束だよ」
「約束」
 指切りゲンマンをして、真純の手を引いて、ソファに移動して、エプロンをはずし、布地の少ない割に値段は高いワンピースを脱がして、黒いレースのブラジャーとパンツだけの姿にする。
もちろん俺はもう止められなくて、ソファに押し倒して、真純の体にむしゃぶりつく。マネキンのような体の真純は、俺の下で、天井を見上げている。俺の顔は見ないで、あん、あん、と言いながら、天井を見上げている。あの夜、セックス部屋で杉本を見たように、俺のことは見てくれない。
あの顔……杉本に、私のことが好きかと聞いた時の顔……
俺はあの顔が欲しいのに、真純は俺には見せてくれない。
「真純、口で……」
なあ、俺にも、あの夜の杉本にしたようにしてくれよ。その唇で、俺のアレを……そして、俺に聞いてくれよ。私のこと、好きかって……だけど……
「土曜日、私からのプレゼントにしてあげるね」
くそっ! なんだよ! 杉本は指輪なんて買わなかっただろ! お前は誰に抱かれてるんだ? 俺か? 杉本か? それとも……金か?
「真純、俺のこと、好きか?」
情けねえ……何聞いてんだ……
「慶太のことね、好き」
真純は極上の笑顔で答えた。極上の、仮面のような笑顔で、血の通っていない人形のような笑顔で、真純は俺を好きだと言った。
「どこが?」
「うふっ。うーんと……お金持ちなところかな」
そう、俺の、金が好きだと。真純は、はっきりと、俺の金が好きだと言った。
なんだよ……所詮、俺は……金だけかよ……
俺は自分が金で杉本からこの女を奪い取ったことを棚に上げ、この極上にいい女が憎くなった。
わかった。じゃあ、お前は……
「そうか。俺の金が好きか」
極上の見た目のお前は、俺の金の人形になれ。俺にその体を差し出し、俺に美味い飯をつくって、俺の靴下を洗って、俺の極上の女でいろ。俺の隣にいて、恥ずかしくない、イケテル女でいろ。
一生、お前は俺の金の奴隷だ。
「慶太は? 私のどこが好き?」
俺は、そっけなく言ってやった。
「見た目だな」
怒れよ、真純。見た目だけ? って、怒れよ。怒ってみせろよ! そうじゃないと俺は……
でも……真純は、笑顔で言った。嬉しそうに、笑って、言った。

「そうね、やっぱりね。だってね、私、慶太のためにキレイになったんだもん」
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