マネー・ドール
「ところで、今日ここに来たのはね」
「はい」
「慶太くんと、おつきあいしてるってきいたからなんだけど」
「はい、おつきあい、させていただいています」
「……ここに、住んでるんだよね? 親御さんはご存知なのかな? 学生で、男の子と一緒に住んでるなんて、どうなのかなあ」
なんだよ、もうわかってんだろ? 真純の身元くらい。
「あの、松永さん……」
「慶太くん、君には聞いていないよ」
真純は、俯いて黙っている。
「門田さん、答えてくれるかな」
なんて言うんだろう。嘘をつくんだろうか。でも、松永さんに嘘なんて通用しない。取り繕いなんて、できない。
 少し沈黙があって、真純が顔を上げて、小さな声で、言った。
「私、虐待されてたんです」
その言葉に、俺も松永さんも、びっくりした。まさか、そんなことを言うなんて、さすがの松永さんも思ってなかっただろう。
「うちは母子家庭で、私は子供の頃からずっと、母から虐待されていました。施設出、なんです」
そうか……お涙頂戴戦法か。でもそんな話、松永さんは慣れっこなんだよな……
「ほう、それで?」
「だから私、一生懸命勉強して、大学の奨学金を貰って、東京に来ました。母から離れたくて、実家は広島なんですけど、広島から出たくて、がんばりました。高校卒業してから、幼馴染の男の子と一緒に東京に来て、半年前まで、一緒に暮らしてました」
そ、そんなことまで言わなくても……
「でも、生活が苦しくて、仲が悪くなって……私、彼のところを出ようと思って、スナックとかでアルバイトしてお金を貯めてました」
わかってるんだ。もう、全部調べられてること。
「じゃあ、どうしてここにいるの」
「佐倉くんのお店に、会いに行ったんです。私、東京に来てから、全然友達もできなくて、悩んでたんです。でも、佐倉くんだけは、すごく優しくしてくれて……いけないことなんですけど、私、佐倉くんのこと……好きだったんです。彼がいるのに、よくないですよね……」
真純は、また俯いた。俯くと、睫毛がすごく長くて、目をパチパチさせる、人形みたいで、なんだか、せつなくなる。
「前の彼のこと話したら、佐倉くん、ここに来たらいいよって言ってくれて……だから、私、甘えてしまって……すみませんでした。非常識ですよね、ご挨拶もせずに、勝手に……」
松永さんは、まさかの真純の言葉に、ずっと黙っていた。
「もう少しお金が貯まったら、お部屋を借りるつもりです」
「……あては、あるのかな?」
「ありません。でも、こんな素敵なお部屋じゃなかったら、なんとかなりそうなので」
マジで? 出て行くつもりなの?
「ところで、慶太くんは君と、結婚するつもりだと言ってるんだけどね」
「えっ? 本当ですか? ねえ、本当に?」
真純は驚いた目で、俺の方を向いた。
「あ、ああ、本当だよ」
だって、こう言うしかないから。
でも、真純はまた俯いた。
「嬉しいけど……ダメですよね……私みたいな、施設出の、家庭環境の悪い子が、佐倉くんみたいな立派なお家の息子さんと……」
そうなんだよね。それが、今日の趣旨だ。ああ、杉本、悪いな。こんな世界なんだよ。真純、ごめんな。今日で、お前とも……
「そんなことは関係ないんだよ」
はあ! 松永さん! どうした!
「君は立派に頑張ってるじゃないか。そんな風に、自分のことを卑下するもんじゃない」
ど、どういうことだ……何が起こったんだ……
「松永さん……でも……」
「がんばったんだね、真純ちゃん」
ま、ま、ま、ま、真純ちゃん……!
「はい……頑張りました……私、佐倉くんにつり合うような女の子になりたくて、つい、お洋服とかアクセサリーとかたくさん買ってしまって……ご迷惑をおかけしてしまいました」
「うんうん、それがわかってるんなら、僕は何も言わないよ」
「あのオーブンも、私、佐倉くんに美味しいって言ってもらいたくて……ごめんなさい……ご迷惑をかけたお金は、ちゃんと、少しずつでも、お返しします」

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