マネー・ドール
 そんな生活が二年ほど続き、俺達は、時々の買物と、時々のセックスをするだけの、薄い関係になっていた。
 なのに、なぜか真純は、おかしなことを言う。
「妊娠、したの」
……嘘だ。絶対に嘘だ。真純は嘘をついている。
俺は『それ』だけには気をつけていたから。昔兄貴がそれで、痛い目にあっているのを見て、いい加減な俺だけど、それにだけは、本当に気をつけていた。
「どうしよう……」
嘘だと確信したけど、目の前の真純は、今まで見たこともないような不安な目で、俺を見ている。
いや、ゴムだって、百パーセントじゃない。もしかしたら、破れていたかもしれない。もしかしたら、ずれていたかもしれない。もしかしたら、本当かもしれない。
診断書を見せろと言おうかと思ったけど、言えなかった。だって、五年も付き合って、一緒に暮らして、こんな嘘を言うなんて、いくらこの真純でも、そこまではしないだろう。
いや、そうじゃなくて、俺と一緒にいたいのかもしれない。俺が他の女とフラフラしてるから、俺を不動のものにしたいのかもしれない。
 
 俺は、真純の最後の良心に賭けた。
「どうしようって……結婚、するよ」
目の前の真純は驚愕の目で俺を見た。まさか、結婚すると言うとは思っていなかったか?
「結婚しようよ、真純」
真純は黙って頷いて、俺の胸に顔を埋めた。
やっぱり……そうか、俺のこと、好きなんだ。本当は俺が遊んでるの、辛かったんだ。ごめんな、真純。俺、お前のこと、金の奴隷とか思って。幸せにするよ。子供は……いるんだよな? その細いウエストの中に。
 俺達は、松永さんに妊娠を告げた。松永さんは、よかったな、と本心から喜んでくれた。真純はマリッジリングだけ熱心に選んで、後の手配は、松永さんが全部やってくれた。

 でも、真純はずっと体調が悪そうで、青い顔をしている。ツワリとかなのかもしれない。俺は真純に優しくした。すごく優しくしてやった。だって、本当にお腹に子供がいるなら、俺、嬉しいから。女も全部清算した。仕事にも身を入れ始めた。俺はやっぱり真純が好きだ。真純だって、子供ができたら少しは変わるかもしれない。きっといいママになる。俺も、いいパパになる。きっとなる。
「今度、検診いつ?」
「……なんで?」
「俺も行こうと思って」
「いいよ、昼間だし、忙しいじゃん」
「そうだけどさ」
真純は俺の首に抱きついて、キスをした。
「迷惑、かけたくないの」
俺はもう、たまらなくなって真純を抱きしめた。
なんか、俺達、ほんとの夫婦じゃん! よかった……好きだよ、真純。俺、がんばるから。仕事もがんばるし、マジメになる。もう二度と、浮気なんかしないから。幸せになろう。幸せな家庭、一緒につくろうな。
 
 式が終わり、婚姻届を出し、門田真純は佐倉真純になった。俺達は親父の『融資』で都心の最新のタワーマンションに引っ越して、ついでに、新しいベンツも『お祝い』してもらった。ドイツ製のシステムキッチンに最新の設備。家具も家電も全部新しくして、俺達は家族三人で、新しい生活を始めるはずだった。俺達は、家族になるはずだった。

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