マネー・ドール
 赤ちゃんか……女の子かな、男の子かな。どっちに似ても、絶対美人だし、イケメンだよな。俺はどっちかっていうと、やっぱり男の子がいいかな。あー、でも女の子も……
 俺はずっと、生まれてくるはずの子供のことを考えて、ニヤニヤしていた。仕事が終わったらすぐに帰って、ちょっとだけど、家事の手伝いもしたし、買わなきゃいけないものとか、保険のこととか、ネットで調べたり、先輩に聞いたり、真純と話したり、とにかく俺は、子供が生まれてくるって、信じていた。
 でも、もう、えーと四か月? あんまり体型も変わんないし、かえって痩せてるような感じがする。大丈夫かな。相変わらず体調も悪そうだし……ちょっと心配になって、先輩に聞いてみた。ツワリが酷いと、痩せることもあるって。お腹も、人によっては七か月くらいまで、わからないこともあるって。
なるほど、そうか。真純は元々スリムだし、そのタイプなのかもしれない。きっとそうだ。ツワリが酷いんだ、きっと。かわいそうに。辛いんだ、きっと。
 先輩に教えてもらったベビー用品の店で、ベビーシューズを見つけた。真っ白で、ふわふわで、すごくかわいいベビーシューズ。こんなちっこいもんが? って思う位高かったけど、それを買って、家に帰った。ちょっと早いかな。でも、腐るもんでもないし。真純もきっと、喜ぶよな。

「ただいまー」
真純はリビングにはいなくて、ベッドにぼんやり座っていた。顔は青ざめていて、目は虚ろ。
「大丈夫か? 体調、悪いのか? 病院、行くか?」
真純は俯いて、首を横に振った。
「そうだ、これ、見てくれよ」
俺はベビーシューズの紙袋を真純に見せた。でも、真純は目を逸らして、俯いて……一番聞きたくなかった言葉を、言った。

「流産した」

 絶対に、聞きたくなかった。それだけは、聞きたくなかった。妊娠も、嘘なら嘘だと、謝ってくれれば、それでよかった。
なんでだよ……なんでまた嘘なんだよ……
俺は知らず、泣いてしまっていた。
「嘘……だろ……」
真純、まだ、まだ間に合う。嘘だったと、正直に言ってくれ。俺は、それでいいから。お前を責めたりしないから。
 でも、真純は気まずそうに俯いて、口の中で何か呟いた。よく、聞こえなかったけど、たぶん、ゴメンって、言ったんだと思う。
そうか……お前は……金なんだな……信じた俺が、バカだったよ……金でも取って、逃げるつもりだったのか? なあ、そうなのか?
「仕方ないよ……悲しいけど、仕方ない」
何が仕方ないんだ? 悲しい? 悲しいのか?
 隣で俯く真純の横顔はやっぱり綺麗で、Tシャツにうつるデカい胸は上向きで、俺は、なぜかわからないけど、欲情していた。
「真純……」
久しぶりに抱いた真純の体は冷たくて、無抵抗で、霧かなんかを抱いている気がした。もう、そこに、真純は完全にいなかった。
 翌朝、会社に行く途中に寄ったコンビニのゴミ箱に、開けないままのベビーシューズを、紙袋ごと、捨てた。俺達の、家族ごっこは、あっけなく、終了した。
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