マネー・ドール

 ……何度か、殴ったと思う。首を絞めたと思う。気がついたら、顔を赤紫に腫らした裸の真純が俺の下にいて、泣きもせず、虚ろな目で天上を見上げていた。
わからない。俺は何をしたんだろう。
いつの間にか裸の俺は、強烈な頭痛と吐き気に襲われていた。
多分、セックスをした。やばい、吐きそう。セックス……吐く……やばい……
 トイレに駆け込み、思いっきり吐いた。食ったものがドロドロの薄茶色い液体になって、俺の口から出て行く。俺はマッパで、トイレで吐き続けた。涙と鼻水が一緒に流れた。トイレの中は俺の吐瀉物の強烈な臭気が充満し、俺の口の中は吐瀉物の味で、俺はマッパでトイレの床に座り、トイレットペーパーで口を拭いて、ふらふらしながらトイレを出て、風呂に入った。風呂には真純の高そうなシャンプーやらボディシャンプーやら、よくわからない化粧品らしきものが並んでいて、甘い匂いが風呂を埋める。俺はまたちょっと吐き気がして、熱いシャワーを出した。熱いシャワーを浴びると酒が覚めてきて、口の中をゆすぐと、目の前に現実が襲った。
 俺は、とんでもないことをしてしまった。真純を殴った上に、無理矢理セックスをした。これは……レイプだ。俺は真純をレイプしたんだ。妻を、犯してしまった。どうしよう。俺は……犯罪者だ……
引き出しの中にはキレイに森崎さんがたたんだボクサーブリーフと、スエットが入っていて、ふわふわのバスタオルで体を拭き、それを着て、歯を磨いて、寝室へ戻った。
 真純は、花柄のパジャマを着て、毛布にくるまっていた。泣いているのかと思ったけど、泣いていなくて、俺は逆に辛くて、謝ろうとした。本当に、謝ろうとしたのに……
「ま……真純……」
「夫婦間でもレイプは成立するのよ。訴えれば、あなたは犯罪者だから」
真純は毛布にくるまったまま、背中を向けたまま、冷たくそう言い放った。
謝ればよかった。素直に、ごめんって言えばよかった。謝らなきゃ、だめだったんだ。
「勝手にしろよ。レイプの裁判は過酷だぜ? それに、お前は犯罪者の妻になる。いいのか? ここに住めなくなっても」
そんなこと言って……誰が幸せになるんだよ……
「ほんとに、最低」
「お互いさまだろ」
俺は真純の背中に背中を向けて、目を閉じた。目を閉じたら、涙が出た。もう止まらない。マクラが涙で濡れて、顔がかゆい。鼻水も出る。啜ったら、泣いているのがバレるから、啜れない。息を殺して、ただ体を丸めて、壁に向かって、俺は泣いた。
ああ、頭が痛い。割れるように、頭が痛い。もう、いっそのこと、このまま頭が爆発して、死んでしまいたい。
朝になったら、死んでいればいいのに。
< 30 / 48 >

この作品をシェア

pagetop