マネー・ドール
 だけど、朝、目が覚めた。残念ながら俺は生きていて、頭も痛くなくて、真純はいなくなっていた。時計を見ると十時半。
しまった!……あ、そうか、今日は土曜日か……
一度目が覚めるともう眠れない。胃もたれを感じながらベッドを出た。
謝ろう。昨日のこと、謝ろう。まだ間に合う。素直に、ごめんって、謝ろう。
ドイツ製のキッチンでバカラのグラスに水を汲み、胃薬を流し込む。冷蔵庫にはヨーグルトがあったけど、消費期限が切れていて、そのままゴミ箱に捨てた。
「真純?」
部屋をノックしたけど、返事はなくて、そっと開けてみたら、ノートPCがなくなっていた。
仕事か? だけど……なんか……
クロゼットを開けると、少し空いていた。スーツケースも無くなっている。
嘘だろ……
慌てて洗面台に行くと、真純の化粧水やらクリームやらがなくっていた。震える手で電話をかけた。かけたけど、真純は出なくて、何回かしつこくかけた後、メールがきた。
『しばらくホテルに泊まります』
俺は携帯を放り投げた。
もう、どうでもいい。あいつは出て行った。よかったじゃないか。これで俺は無罪放免だ。

 その日一日、俺はパチンコ屋で過ごし、店内でカレーを食って、誰もいない家に戻った。放り投げた携帯には不在着信が何件かあって、期待して確認ボタンを押したけど、全部適当に抱いた、どっかのオンナからだった。
 夜になると、部屋が冷えてきて、押入れから布団を出して、ふと、思い出した。
あの段ボール、どうしたかな……確か引越しの時にそのまま持ってきたよな……
押入れには引越しの時から開封されていない段ボールが何個かあって、俺はその中から、あの日、杉本から受け取った段ボールを探し出した。ガムテープを切り、中を開けると、当たり前だけど、六年前のままで、セックス部屋で着ていたヨレヨレのワンピースはカビ臭くなっていた。
 俺は、何が欲しかったんだろう。門田真純が欲しかったのか、門田真純の体が欲しかったのか……
俺は、何を杉本から奪ったんだろう。結局、俺は杉本から何も奪えなかった。門田真純を奪ったんじゃなくて、門田真純が変わって、俺の所に引越してきただけだ。そしてまた、佐倉真純はどこかに引越していく。

 俺は捨てられたんだ。あの日、杉本が捨てられたように、俺も捨てられた。
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