マネー・ドール

 俺はここ三年ほど、松永さんの仕事を手伝っていた。兄貴が都議選に出て、なぜか当選して、松永さんは親父と兄貴の両方の秘書になっていた。俺の担当はもちろん経理処理。見てはいけないものも見た。不思議なことに、俺の散財は、キレイに経費に変えられていた。
なるほど、そういう風になってるのか。
これだ。俺の道は、これだ。これに決めた。というか、もう、俺にはこれしかない。

「松永さん、ご相談があるんです」
「何。女じゃないだろうね」
「違いますよ。あの、俺、独立しようと思ってるんです」
「事務所、辞めるの?」
「はい。で、コンサルタント、やりたいんです」
「まあ、ねえ。流行りだけど……そんなに儲からないよ」
「表向きは、コンサルタントです。でも、実際は、先生方のお力になりたいんですよ」
松永さんは、ほう、という顔をした。
「松永さんにいろいろ教えていただいて、お困りの先生方の問題を解決して差し上げたいんです」
「本気?」
「本気です。松永さん、協力してもらえませんか」
「真純ちゃんには話したの?」
話してるわけない。
「はい。真純も、賛成してくれています」
「そうか、いいだろう。やってみなさい」
「ありがとうございます」
「まずはクライエントだね。何人か掴めば、後は数珠繋ぎだ。先生に、相談してみなさい。話はしておくから」
「はい」
 そして、俺は、親父に呼ばれ、久々に実家へ戻った。応接間には親父と兄貴が座っていた。
「松永から聞いたけどね」
「はい。頑張りたいんです」
親父と兄貴は、蔑んだ目で俺を見下し、ニヤニヤと笑う。何がそんなに面白いのか。でもここは……
「資金と、クライエントを融資してください」
俺は、ソファから降り、床に膝をつき、手をつき、頭をつけた。屈辱。その単語しか頭に浮かばない。
でも、こんな俺の土下座で人生が変わるなら……変わるなら、それでいい。
「お願いします」
「今回は、本気のようだな」
「はい」
「三年で結果を出せ。それでダメなら、廃業して、悠太の秘書をやれ。いいな」
兄貴の秘書? 冗談じゃない。
「わかりました」
三年。この三年に俺は人生をかける。生まれて初めて、俺は決めた。自分で道を歩く。親父の庭から、出れるかもしれない。そして、あの寝室から、出れるかもしれない。
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