情熱のメロディ
 フローラは一瞬アリアに向けた瞳を揺らがせたように見えた。だが、すぐにピアノへと視線を戻し、話を続ける。

 「音楽祭の練習は順調に進んでいる?」
 「え、あ……はい。音楽祭までには、きっと……」

 本当は、間に合うかどうかもわからない。

 カイとアリアの間には、とても大きな溝がある。それが何かわからない限り、アリアとカイのデュオは成立しないだろう。

 カイには何が見えるのだろう。苦しい音――フローラも、カイも、彼らは何を感じているのだろう。

 黙り込んでしまったアリアを不思議に思ったのか、フローラがアリアの方を向く。アリアはその視線が痛くて俯いた。

 「……アリア。貴女の演奏を聴かせてもらっても?」
 「あの……まだ、フローラ様に聴かせられるようなほどでは、ないと……」

 きっと、フローラにはわかってしまう。彼女はとても繊細なピアニストだ。並外れた表現力を持つ彼女は人の心に敏感だろう。

 「それは当たり前よ。練習だもの。失敗しても、下手でもいいでしょう?」

 フローラは楽譜を棚にしまうと、ソファに座った。アリアを待っている彼女の視線に、アリアはおずおずとテーブルにバイオリンケースを置いて準備を始める。

 軽く音出しをしてからバイオリンを構えると、視界に入ったフローラが微笑んだ。

 「力を抜いて。私は“貴女の音楽”が聴きたいの」

 アリアの音楽――そう、今はアリアの“夢”だ。カイとのデュオではない、アリアのソロ。アリアは大きく息を吸い込んで弓を引いた。弦が弾かれるのと同時に音が響く。
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