きみと駆けるアイディールワールド―緑風の章、セーブポイントから―
 あたしは自分の部屋に引き上げた。ハンカチサイズに畳んでた薄型プラスチック製のPCを展開して、起動する。
 ピアズには「オンライン本編のプレイ時間は連続4時間まで」ってルールがある。今晩の待ち合わせは、20時30分。ってことは、ログアウトしたら、日付が変わっちゃってるだろうね。明日は平日だから、ちょいきついけど。
「頑張るぞー! 人助けだもんね」
 あたしはニコルさんのお役に立ちたいのだ!
 PCと連動したリップパッチ2つを、唇の左右にペタッと装着する。リップパッチはマイクで、同時に表情筋のセンサでもある。ユーザが笑ったら、ゲーム内のアバターも笑う。そういう仕組みになってる。
 ディスプレイに、あたしに似た顔の魔女っ子、ルラが表示される。見た目に偽りなく、職業は魔法使い。
 顔はいじっちゃいけないルールだけど、髪や目の色は自由だ。ルラは、赤毛に青い目で、ほっぺたにはソバカスがある。背の高さと肉付きも選べるけど、顔立ちがすっごい地味なんで、体型も無難な標準ド真ん中に設定。リアルもそんな感じ。嘘ついてません。
 装備は魔女っ子の王道スタイルだ。とんがり帽子とミニスカワンピは黒、モノトーンしましまのニーハイ、つま先が尖ったショートブーツ、シースルーの魔法布マント。そうそう、このマント、シャリンさんとおそろなの。偶然だけどね。
 意外と守備力はある。魔力防御が働くアイテムで固めてるから。魔法攻撃なら、けっこうキツいのも耐えられる。まあ、ハイエストクラスのボス級の重たーい物理攻撃をまともに食らったら、十発以内でぺっちゃんこだけど。

LOG IN?
――YES

PASSCODE?
――*****************

...OK!
Сайн байна уу, Lula?

...承認しました。
こんにちは、ルラ!

このステージは「サロール・タル」。
大陸の真ん中に広がる、草原のステージです。
サロール・タルとは、この大陸の古い言葉で「広き草の大地」を意味します。

さあ、お進みください。
新たなる冒険のステージへ!

 勇壮なファンファーレから始まるテーマ音楽に、あたしの胸は高鳴る。じっとしていられない。手慣らしに、ちょっくら暴れようかな。ルラが持ってるスキルの中から、簡単な「譜面」を呼び出す。
 ディスプレイ右下に小ウィンドウが開かれた。ピアズの戦闘スキルの操作は、変わり種だ。音楽系ゲームと同じなの。使うのは8種類の矢印。上下左右の4つと、それを45度回転させた斜めの4つ。コントローラには、その8種類の矢印ボタンがある。
 小ウィンドウに、矢印がリズムに合わせて降ってくる。下のほうに引かれたヒットラインに矢印が触れる瞬間、コントローラの矢印ボタンを叩く。入力のリズムの正確さが、スキルの威力を左右する。
 あたしはもともと音楽系ゲームが好きで得意だ。声優さんが歌ってくれるタイプのゲームね。隠し曲の最高難度までやり込んで、スペシャルボーナスなセリフをゲットするのは常識だよね。
 ピアズは人生初のアクションRPGなんだけど、バトルが音楽系ゲームなおかげで、あたしはそこそこ強い。仲間《ピア》に恵まれたこともあって、とんとん拍子にハイエストクラスまで上がってきた。
 あたしはコマンドを入力する。BPM180の快速ロックなスキル曲。PFC、つまりパーフェクトフルコンボで決めたのは、お気に入りのこれ。
 “ドンパチ花火!”
 炎系のエンタメ魔法。敵に与えるダメージ皆無という、ひたすら無意味な打ち上げ花火。キレイだからいいじゃん。蒼く突き抜けた晴れ空に、ピンク色の花火が咲いた。
「た~まや~♪」
 花火を見たら、とりあえずそう言うのが礼儀だ。でも、たまやって何?
 くすっと、スピーカから柔らかい笑い声が聞こえた。次いで、落ち着いたトーンのイケボが、あたしの鼓膜をくすぐった。
「か~ぎや~。ルラちゃん、楽しい魔法を持っているんだね」
 あたしはルラを操作して、くるっと振り返る。
 緑のローブが、草原の風になびいていた。しなやかに揺れる銀色の長い髪。静かな微笑みのエメラルドの目。
「ニコルさん! あわわ、変な魔法をお見せしてスミマセン!」
「変かな? ボクは好きだけどな、ああいう魔法」
 そのステキボイスで「好き」とか言わないでください、反則です幸せですマジ萌えるっ!
 ニコルさんは、にっこりと微笑んだ。もうヤバい。ピアズのグラフィック、美麗すぎる。目の保養、心の栄養、ごちそうさまです。ニコルさんと仲間《ピア》だなんて、やっぱ幸せ!
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