きみと駆けるアイディールワールド―緑風の章、セーブポイントから―
 あたしはベッドに腰掛けた。風坂先生は床に視線を落として、ひっそり笑った。
「麗がピリピリしてて、ごめんね。勘弁してやってほしい。朝綺が健康な体で目覚める日だけを夢見て、この6年間、突っ走ってきたんだ。ゴールが目の前に見えてる。緊張が高まるのも仕方ない」
「麗さんは朝綺さんのことが大好きなんですね」
「朝綺もね。麗のことを心から信用して、麗に命を預けてるんだ。ぼくは麗の兄として、あいつの信用に応えたい。2人の幸せを見届けたい」
「あたしも協力します。といっても、大したことはできないかもしれないけど」
「そんなことないよ? 麗がぼくと朝綺以外のユーザと仲間《ピア》になるのは初めてのことなんだ。最初はどうなるかと思ってたんだけど、今では、麗は笑音さんを頼りにしてる。一緒にいてくれるだけでも心強い」
 ふっと、また不安が胸に差した。
「あたし、ほんとにペナルティ食らわずにすみますか? マズい気がするんですけど」
「ああ、その件は大丈夫。特例扱いしてもらうように、ピアズの運営サイドに直接頼んだから」
「頼んだらOK出るんですか?」
「普通は無理かもね。でも、ぼくたちは特別なんだ」
「さっきも麗さんがそう言ってましたね」
 風坂先生はようやく顔を上げて、にっこりした。メガネなしのにっこりは、すっごく危険だった。昇天するかと思った。心臓バックバク。
「朝綺とぼくは大学時代から、2人でゲームを作ってた。ヒット作もそれなりにあるんだよ。中最大のヒットは『PEERS' STORIES』でね」
 ……はい?
 ピアズ・ストーリーズ?
「つつつ創ったんですかっ!? ピアズを、風坂先生がっ!?」
「ぼくひとりじゃなくて、朝綺と2人でね。オンラインRPGの原形となった最初の物語を創ったのが、飛路朝綺と風坂界人。オープニングを最後まで観たらクレジットされてるよ」
 うそぉ。いや、ほんとなんだろうけど。ええぇぇ。
「じゃあ、シャリンさん特製の解析装置とかも、特別?」
「うん。ぼくたちが特別だから、許可してもらった」
「えー……」
「でも、いくら特別といっても、例えば『ログインが1日4時間』みたいな基盤設定は崩せない。不自由してるよ」
「うわぁ、もう……予想してた以上の話というか、特別のレベルが想像を超えてました」
「まあ、あくまで、最初の開発者ってだけだよ。オンラインRPGの運営には関わってなかった。朝綺の体調があんなふうだったからね」
 頭がくらくらする。今日、いろいろ一気に起こりすぎでしょ? 学校でも家でも居たたまれないのが苦しくて、ニコルさんが風坂先生だったことに驚いて、朝綺さんの意識が戻らない話が切なくて、そこに加えてピアズの開発者が風坂先生と朝綺さんってわかって。
「あ、そっか。ほかでもないピアズだから、朝綺さんはその中に迷い込んだんですね」
「たぶん、そういうことだと思う」
 もう1つ、あたしは気付いた。ピアズのテーマソング『リヴオン』は、ピアズの開発者のたむに恋人がメッセージを込めたって聞いた。
「Live on... 生き続けて 信じてるから」
 あの切ない歌詞は、麗さんの想いなんだ。
 特異高知能者《ギフテッド》としての高い能力を使って、禁忌を犯してると後ろ指差されながら、家に帰らずに研究室にこもって、ボロボロになって。麗さんは、麗さんだけの方法で、朝綺さんを愛し続けてる。
 その強い想いを、あたしは助けたい。必ず、朝綺さんの魂を取り戻してあげたい。
「笑音さん、眠れそう?」
「へ? あ、はい、寝ますっ。だって、全力で集中してログインしたいですから!」
 あたしは胸の前でこぶしを握った。風坂先生は切れ長な目を細めて微笑んだ。
 うぁー、やっぱニコルさんだ! 先生バージョンの風坂先生のときは気付かなかったけど、やっぱ、大人の男の色気って感じ? 笑顔がせくしー!
 風坂先生はスニーカーを脱いでソファに寝そべった。足下に畳んであった毛布を、体に掛ける。
「先に寝るよ。おやすみ。ライト、適当に消してもらえる?」
 風坂先生は、ちょっと気だるげに言って目を閉じた。無防備。超無防備。何これ、刺激的すぎるでしょ?
< 75 / 91 >

この作品をシェア

pagetop