恋愛優遇は穏便に
恋の分岐点に誘われ、惑わされる
政宗さんの彼女を政義さんがとっただなんて。

だから、政宗さんは政義さんのこと、嫌がっているんだ。

それなのに、私は、そんなお兄さんと間違ってキスしただなんて。

駆け足で自宅に戻り、少し汗ばんだ体を拭いてクローゼットを開ける。

ピンク色に近いベージュ色で薄いジャケットにワンピースのアンサンブルスーツをとり、袖を通した。

支度ができたことをメールで知らせると迎えにくると政宗さんからメールが届いた。

政宗さんのことを思いながら待っているとチャイムが鳴り、ドアを開ける。

黒ぶちメガネに茶色のスーツ、こげ茶のネクタイを締めていた。

会社からそのまま来たのだろう。手には重そうな黒いカバンを持っていた。


「政宗さん」


「迎えに来ましたよ。これは大和さんと会わせるために僕が貸与した『制服』ですね」


「……ええ」


「その洋服をチョイスするとは、たいした心持ちですね」


「えっ」


「いえ、こちらの話ですよ。さていきましょうか」


以前、大和と会った高級なホテルに近いレストランが立ち並ぶ場所の一角にある、フレンチレストランへと案内された。

店へと入る前に、政宗さんはしきりに私の手を気にしていた。


「指輪はしてください」


「……え、だってこれは」


政宗さんと二人っきりになるときにつける特別な指輪なのに。


「むつみさんは僕のものですから」


「……政宗さん」


私はカバンに入っていた指輪をとる。

政宗さんは器用に右手の薬指にはめてくれた。

それからぎゅっと指輪のはまる右手を握ってくれた。

離れないように私も強く握り返した。
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