執事と人形と聡明なレヴリ
第一章:安易な提案


 旦那様の御屋敷は、最早俺達使用人への嫌がらせかと思う程にだだっ広い。

 ついでに言うと、悪趣味だ。

 階段は無駄に多く、入り組んだ間取りは普通住居として考えるべき利便性と言うものを根底から放棄している。

 だからちょっと普段行かない部屋へ向かおうと思えば、あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。

 その上旦那様は無類の収集家で、絵だの壺だの像だの、屋敷には日に日に奇妙な物が増えていくのだから、知っているはずの部屋もいざ着いてみれば見慣れない物で埋まっていて、はて、本当に此処で合っていたかと首を傾げてしまう事もしばしばだった。


 だからこそ、その日も。
 しばらく使われていなかったはずの部屋の扉が開いているのを見つけたところで、どうせまた、自分が知らない内に旦那様が物置を増やしただけだろう、とぼんやり考えただけだった。

 覗いた部屋の中に物は無く、半裸の少年が壁際で震えていたのを見つけても、動揺などはしない。

 ああ、物置では無かった、又自分が知らない内に旦那様が傀儡を増やしたのか、と、それだけである。


 傀儡(くぐつ)。
 それはこの国の認識で言うと、俺のような使用人や秘書、果ては愛人に至るまで、全ての「目下の者」「従う者」を表す言葉だが、大抵の人間はそれを差別用語として忌み嫌う。
 だから最早その言葉で表されるものは、嫌悪さえ伝えられない下級の者、……所謂、奴隷のみになっていた。


「逃げてきたのか」

 俺が問い掛ければ、あからさまにびくりと肩を震わせて、そっと此方を向く少年。
 支子(くちなし)色の髪は乱れ、面立ちは殆ど分からなかったが、それでもその真っ白な肢体と薄紅の唇から、それなりの美少年である事を察するには容易かった。
 まあ、何せあの旦那様が連れて来た傀儡である、それなりの値が付いていた者であるのは当然だろう。

 それなりの値、つまりは家柄だとか、見た目だとかが、他より秀でているということだ。


 既に地下の何室かに分けて、旦那様の傀儡は何人も置かれていたが、その全てが他所の奴隷と比べても桁外れに高価な者達で、中には作り物のように端正な容姿を持つ者もいた。

 さて今回のはどんなものかと近寄ろうとすれば、

「ーーッ、来んな、この野郎!」

 発された悪態には似合わない女のような声に、俺の動きが一瞬止まった。
 そして、それは神の悪戯だったのか、窓から、さらり、と一陣の風が吹き、隠れていた少年の顔が、一瞬、ほんの一瞬、見えて。

 息を飲んだ。

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