執事と人形と聡明なレヴリ
「……お前、」

 両目の調度真ん中が、糸状に赤く光っている。
 勿論、こんなことは普通には有り得ない。
 直感的に嫌な予感がして、もう一度、今度は無理矢理少年の前に駆け寄り、その顔を覗き込んだ。

――何も変わったところはない。
 ありふれた茶褐色の眼が、不機嫌そうに俺の姿を映している。

 やや伏し目がちな印象ではあるが、特に大きくもなければ小さくもない眼だ。
 面立ちを見ても、一般的にはまあ美人な部類に入るだろうが、旦那様が大枚を叩く程の価値は感じられない。
 先程の口調から察するに、高貴な家の出、と言う訳でもないだろう。

 見間違いだったのか、そもそも旦那様は何故“これ”を買ったのか、と眉を寄せた途端、


「此処は一体何処なんだ」

 か細い声。
 声色だけなら少女のようだった。

 精一杯虚勢を張っているのだろう、細い眉は確かにつり上がっていたが、しかし肩の震えと、目に浮かぶ大粒の雫が、少年が求める全ての迫力を削いでしまっている。

「場所を聞いてどうするんだ」
「家に帰る」

 間髪入れず返ってきた答えに、堪らず苦笑した。

「自分を売るような家に?」
「売る? ……なんのことだ」

「お前は傀儡だろう。一体何処で買われてきたのか、そんなことまでは俺にも分からないが、それでも旦那様が連れてきたなら、お前を差し出した相手には相応の金を握らせたはずだ。その金が家庭を救う為に必要だったのか、親族の欲を満たす為に必要だったのかは見当もつかないが、……一枚や二枚じゃ済まなかったろう、」

 既に対価を受け取った家に帰ったところで、手放しに歓迎されるとは思えない。
 即座に金を返せるような状態なら、そもそも彼を売りに出す事などしなかっただろうからだ。
 その位は幾らバカでも想像出来るだろう、と少年の反応を待ったが、けれど返ってきた言葉はやはりと言うべきか、随分的外れなもの。

「くぐつってなんだ」

「……奴隷だ。旦那様か仲介人に説明は受けなかったのか? お前の知らないところで取引が行われていたとしても、買い手が決まった時点で何か言われただろう」

「仲介人ってなんだ」
「“家”からお前を買って、旦那様に売り付けた奴のことだよ」

「……分からない。俺は気付いたら此処にいたんだ」
「……“気付いたら”?」

 そこで何かが引っ掛かる。
 少年が訥々と、言葉を続けた。

「水を汲みに家を出て、……気付いたら此処に。そこの扉を開けたところで、あんたの足音がして、それで」

 水を汲みに家を出た。
 それはつまり一人になったと言うことだ。
 既に裏で少年の保護者と仲介人が交渉を済ませていたなら、そのタイミングを見計らい、仲介人が彼を“回収”した、とも考えられる。

 だが、目覚めた先がこの屋敷と言うのは奇妙な話だった。

 普通、“買い手”に対して失礼が無いよう、仲介人は自分の商品である傀儡に、ある程度の知識や、態度、言動の教育を行う。
 手間はかかるが、それだけで値段が跳ね上がることもよくある話だからだ。後々返品される可能性も随分と減る。

 直接、仲介人の顔も見ずに買い手の元へ送られる事など、今時、滅多に有る話ではない。
 それでは傀儡が自分の置かれた状況を理解していないのだから、当然、

「あんた、俺を誘拐してどうする気だ」

 などと言う、ふざけた誤解も生みかねない。
 いや、そう呆れかけて、首を振った。

 本当に誤解、なのだろうか。
 誘拐? 旦那様が? ありえないと言い切る事も出来ない旦那様の人柄に、深いため息を吐く。

 旦那様がこの少年を誘拐した。
 実に残念なことに、そう考えれば全て辻褄が合うのだった。
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