執事と人形と聡明なレヴリ
 黙り込んだ俺を前にして、少しは気が落ち着いたのかもしれない。先程よりもはっきりとした語調で少年が言う。

「答えろよ」

 だがそう言われても、俺には何も答えられる要素がないのだ。
 もう一呼吸置いてから、ゆっくりと口を開く。

「まず、俺はこの屋敷の主ではない」

 少年が小さく、やしき、と、復唱した。
 これまでの発言に嘘がないなら、まだこの部屋しか見ていないのだろう。恐らく、此処が家ではなく屋敷と表現するに足るものであることを知らないのだ。

「次に、恐らく君を買った、……か、拐った、のだろう、旦那様は多忙の身。この屋敷に長居することはまずない。勿論、現在も留守だ。……つまり、君のことを知る者は、今この屋敷には誰もいないということになる」

「……ぇ」

 今度もまた、少年は小さく声を上げた。まあ、当然の反応である。

「俺、どうなるんだ」

 明らかに困惑した表情。
 だがそれに関しては、俺の方が聞きたいほどだった。

 どうなるんだ、これは。
 どうすれば良いんだ、これは。

 毎度のことながら、旦那様からはこの少年に関しての説明などは勿論のこと、連絡の一本さえ貰っていないのだ。いつ帰っていたのかも定かではない。
 いや、そもそも奴隷が増える話と言うのも聞いていない、……むしろ、本当に誘拐なのだとしたら。

 桁外れの財力と、変わり者と言っても間違いではない旦那様の人柄のせいで、ただでさえ警察には目をつけられている。

 その上少年誘拐など聞こえの悪いものが露呈すれば、旦那様は勿論のこと、恐らく勝手に加担したと見なされて、屋敷に関わる者は全員……

 実に、良くない状況である。


「ここは何処なんだ、ブラン・ダルジャンからは遠いのか」

 少年の問い掛けに答えながら、聞き慣れない地名に首を傾げた。

「首都ジョーヌだ。……ブラン・ダルジャン? 聞いたことがない」

「周りに何もない、小さい村だから」
 
 それでも、こうして話は出来ている、異国の地と言う訳では無いだろう。旦那様が直接連れて来たのなら余計に、そう遠い場所ではないはずだ。

――唐突に、一つの案がひらめいた。
 これが良いものなのか、悪いものなのか、まだ判断はつかない。
 使用人の行動としては恐らく最悪だろう。

 それでも、

「考えがある」

 その行動の先にこそ平穏な日常が待っている気がして、口を開いた。
 無言でこちらを見た少年の目を、真っ直ぐ見つめ返す。

「お前を家まで送り返そう。……その代わり、これまでの事は忘れてくれ」

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