残業しないで帰りなさい!

「やっぱり泣いてるじゃない。……どうして」

どうして?

それはきっと……。
この涙はきっと、嬉しくて落ちたのです。

私は女の子でいられることを、きっと嬉しく思っているのです。

心から嬉しく思っているのです。

課長の前で女の子でいられることが嬉しくて、たまらないのです。

「ごめん」

また苦しげな瞳をして謝るから、急いで顔を上げた。

「……ちがっ」

私は嬉しくて泣いているのです、なんて言えるわけがなくて。

「課長の、せいじゃない、です……」

「でも……」

課長は思いつめたように、少し腰を浮かせて身を乗り出した。

真剣な表情?
なにかと思って見ていたら、メニューを押さえた手がそのまま目の前に伸びてきて、そっと私の頬に触れたから、息が止まった。

頬に触れる手のひらの弾力を感じる。目を見開いたまま身動きができない。

課長の親指が私の涙を拭った。大きな指が頬をすべる。
胸が痛くて、心臓が止まりそう。

親指の先に見えたのは、心配そうな、苦しそうな、せつなそうな、複雑な瞳。

「平気?」

平気?
……もう涙は止まったから、平気。
私はコクリとうなずいた。

「そう……」

課長は頬から手を離して座ると、複雑な瞳のまま微笑んだ。

「じゃあ、なに食べたい?」

離れた途端、頬から蒸発して消えていく課長の手の感触。やっぱり、寂しい。そんなことばかりが頭に浮かんだ。
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