残業しないで帰りなさい!

翔太くん、やっぱり小さくて可愛くて、お化粧もきちんとした人がいいんだね?

私みたいなでかい女、可愛くないもんね?
こんな地味な女、つまんなかったよね?

営業のお話だって、私は聞くことはできても、完全に理解することはできない。
でも、お仕事のお話だってきちんと理解できる人がいいんだよね?

見ると、ちょうどまだ3階にエレベーターがそのままだったから、早足で急いで乗り込んだ。

「香奈ちゃん!」

廊下の向こうから翔太くんの大きな声が響いてきた。

翔太くんの声を聞いてしまったら、糸が切れたみたいに涙がこぼれた。

走ってくる足音が聞こえる。

やだっ。
来ないで。

閉めるボタンをバシバシ連打した。

お願い!早く!早く閉まって!

扉が閉まって、ウィーンッとエレベーターの動く音がした瞬間、バンッと扉を叩く音がした。

「香奈ちゃんっ!」

扉の向こうからくぐもった翔太くんの声が聞こえたけれど、流れる涙をそのままに目を閉じてうつむいたまま、顔を上げることができなかった。

「香奈ちゃん!」

エレベーターが下がり始めてからも、扉をバンッと叩く音と共に翔太くんの声が聞こえた。

翔太くん、追いかけてきたりして大丈夫なの?

そんなことしたら、今頃あの人、悲しい思いをしてる。
あとで喧嘩になっちゃうよ?

それとも別れるつもりだったから、この際きちんと話をしようって思った?

別れるって単語を想像しただけで胸が締め付けられる。

胸が痛い。息が苦しい。

私、すごく辛い。

大粒の涙がぽろぽろ落ちて、嗚咽が止まらない。

私たち、仲良しだって思ってたけど、そんなの私だけだったのかな?

私は翔太くんのことすごくすごく好きなのに、そんなこと思ってたの私だけだったのかな?

二人で笑ったり、一緒にいると感じる柔らかい空気は、二人だから感じる幸せで、それは二人で共有できてるって信じてたのに、そんなの私の勘違いだったのかな?
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