背徳と僕

才色兼備

才色兼備。

僕は舌を巻いた。

持っていた駒が自分の体温で温くなるまで考え抜き僕が投じた一手を、彼女は死路だと笑った。

その言葉通り、僕のキングは背徳のビショップに追い詰められている。

彼女は今日初めてチェス駒に触ったはずだった。

しかし、彼女は以前軽く説明しただけのルールを全部覚えていたし、それどころか、確実に普通の初心者を超越した能力を持っていた。

そして彼女は、三戦目にして、僕を打ち負かした。

彼女は教えられなくとも、勝利への最短距離が見えていたのだ。

だから彼女の駒の動かし方には無駄がなかったし、簡単には彼女の駒を潰すことが出来なかった。

これが今日初めてチェス駒を触った者の実力だろうか。

素晴らしい、と思った。

これこそ、才能。

彼女がこのままチェスを続けたとして、将来の彼女から繰り出される一手は、どんなに美しいだろう。

「…少年。」

「…ん?」

今日までに何回も僕にあっているはずなのに相変わらず背徳は僕のことを、少年、と呼ぶ。

もしかしたら名前を覚えていないのかもしれない。

背徳は挑戦的に笑って、チェス盤をひっくり返す。

「もう一回。」

僕は頷いて、駒を定位置に並べた。

「このゲーム、気に入った?」

僕が聞くと、背徳は勿論。と言った。

「負けないゲームほど楽しいものはないからね。」

僕は苦笑して、ポーンを一歩、前に進めた。


背徳を海に連れて行ったあの日から少し時間が経過した現在、背徳と僕は極めて友好的な関係を築いている。

最初こそ性格が合わぬかと思っていたが、お互いに趣味が合うことに気が付いたのだ。

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