しょっぱい初恋 -短編集-
君の見つめる先






「-―おい、由佳(ゆか)」




クラスの掃除を終えて、さぁ帰ろうかなと鞄を腕に掛けた所で誰かさんからお呼びだし。

顔なんて見なくても分かる。
あの声が誰のものかなんて。




「あ、真央。おっつー」

「ったく、お前は遅ぇんだよ。いつもいつも」

「あははー、ごめんね」




彼の名前は安立真央。私の幼なじみ兼同級生でもある。

顔も良ければ声も良い。

プライドが高くなかなかのサディストだが、それが良いと言う女子は山ほど居て、故に彼は学年で3本指に入るほどのモテ男である。

そんな彼と帰りを共にするようになったのは、最近のことではない。
入学当初からずっとだ。

何でも、モテモテくんの彼は実は女嫌いらしく、謂わば私は女避け。

他の奴と帰れば良いじゃないかとも思ったが、彼の家に近いのは私ぐらいしかいない。

ということで結果一緒に帰ることになった。


いや、良いんだよ?

正直に言ってしまうと、女性の注目の的である真央と帰るのは少しばかり気分が良い。

ただ、私の心を悩ませるものが2つほどあるのだ。1つが周りの女子からの痛い視線。

もう1つは彼と私の微妙な距離だ。




「…ハァ」

「あ?」

「いや、何でも」




もう一度言おう。彼は女性が苦手である。

そんな彼が何故私と一緒に帰るのか。

それは私と真央が幼なじみだからだ。
気兼ねなく話せる仲だからだ。

つまり、恋愛対象外ってこと。


――気付いてんのかね、この男は…。

最初の頃は少し期待もした。

私は他の女子とは違うんだと思っていた。

確かに違う。だって他の人は幼なじみではないから。

もし私が幼なじみという肩書きが無ければ、きっと周りの彼女達と同じ立場だったんだろう。

私はそれぐらいの存在なのだ、真央にとって。




「…、!」

――ドンッ!

「へぶっ!?」




ボーッと考え事をしていたからか、前を歩いていた真央が、急に足を止めたことに気付くのが遅れた。

じんわりと視界がぼやけていく中、強打してしまった鼻を押さえた。


「急に何?」と呟きながら真央の横から顔をヒョイっと出せば、此方に鋭い視線を向ける人物が1人。

「くそ…」と真央が微かに舌打ちをした。




「…なぁに、安立くん。通れないんですが?」

「てめぇが退けりゃあそれで済む」

「あぁ、それもそうか」




「じゃあ、どうぞ」と彼女は綺麗に微笑んで、それが余計に気に入らなかったのか真央は彼女の腕を掴んだ。

いきなりの事にギョッとする私のことなんか放って。




「女性には優しくって教わらなかったんだねアンタ」

「はっ、誰がてめぇに優しくするかよ。俺はお前みたいな男見下すやつが大っ嫌いなんだよ」

「ハァ…、あのさ…。私は言われた通り道を開けたんだけど? ぎゃーぎゃー言わずに行くんならさっさと行ってくんない?」

「てめぇ…」

「あー、やだやだ。短気な奴って」




みるみるうちに、真央の周りからどす黒いオーラが溢れた。

一体何に怒ってるのかは全く分からないが、今の真央は相当ご立腹だ。

その証拠に、彼女の掴まれた方の手先が血色が悪くなっていた。にも関わらずその人は、鋭く強い眼差しを真央に向ける。

口調も真央とは違って至って冷静。

そんな彼女の様子に、女であるにも関わらず私は胸がドキッと跳ねた。


しかしジッと見入っている場合ではない。

表には出さないものの、男子から手加減も無しに強く腕を掴まれるのは辛いはず。
早く仲裁に入らなければ。




「ちょ、真央。やめなって…」

「……ふん、胸糞悪ぃ」

「こっちの台詞だっての、それは」

「何だと…!」

「真央!」




漸く手を離したと思えば今度は胸ぐらを掴むもんだから、私も今度は強く真央を制した。

それに舌打ちをした真央は、彼女から離れ睨み付ける。

そんなことに構いもせず、素早く衣服を整えた彼女はそのまま何も言わず背中を向けて歩いていった。

やはり真央は、彼女を睨み付けていた。




_____
____






「――……」

「……」




真央が女子に対してあんな風に怒った所を見るのは、これが初めてかもしれない。

そもそも何に怒っていたのか。


学校を出てからというものの、何とも言えない気まずさのせいで何も話すことが出来なかった。

真央も今日は黙りを決め込んでいる。




「…悪い」

「え…?」




ボソッと真央が呟くように言った。

思わず聞き返せば、「つまんねぇところ…見せちまったな」と自嘲気味に笑う。

それからは、前を向いたままぽつりぽつりと口を開いた。
こんな真央は初めてだった。




「さっきの、明ってやつ」

「うん」

「何故だかは分かんねぇんだ」

「うん」

「アイツを見る度に、苛々する」

「そう…」

「今日だって、思わずカッとなっちまった…」

「……」




「いつから?」と尋ねれば、真央は「アンタが嫌いと言われた時からだ」とフッと鼻で笑った。



あぁ、分かった。

いつものような余裕あり気な笑顔ではなく、力なく笑うその顔を見ていたら。

所謂、これが女の勘というものだろうか。


気付いてしまえば、もう後戻りは出来なくて。

胸がズキンと痛んだと言うのに、勝手に口を開いてしまっていた。


何とも情けない声だった。




「真央は、さ…。好きなタイプってどんなの?」

「はぁ…? 急に何言ってんだ、お前」

「え? あ、いや…ははは。……で?」

「いや、で? じゃねぇだろ」

「まぁまぁ」

「…ハァ」




暫くまた沈黙があって、漸く真央が口を開く。

自然と真央の方へと顔を向ける私。





「――俺を…、嫌いな女…」




そう言った真央は、終始前をぼんやりと見つめていた。





君の見つめる先<了>



私だって好きなのになぁ…なんて思いながら「頑張ってね」なんて、呟いた。





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