しょっぱい初恋 -短編集-





ゆうきがトイレから戻って来た後も、相変わらず京子は話しかけていた。

肘をついて、皆の方から顔を背ける私。

明はきっと心配そうに私を見ているんだろう。


私が空気を悪くさせている…。

そもそもここまでしてここに留まる理由なんてない。
だってご飯は既に食べ終えているんだから。

「ごめん、無理そう」と、明に小さく伝えた。
明も分かったというように頷いた、そんな時だった。




「ねぇねぇ晴! ゆうきくんってば、この前可愛い子に告られたのに振っちゃったんだって! びっくりだよね、どう思う?」

「……っ」




どくんどくんどくんどくん。

あぁ、なんだか頭がふわふわする。

気持ち悪い。




「勿体無い…ね…」

「でしょー? ほら、晴だって言ってるじゃん!」




あぁ、きっと。魔がさすってこんな感じ。

今の私なら、何だってできそうな気がする。

だって頭がふわふわして、自分の次の行動が読めなくなっちゃうんだから。




「アンタいいかげんに……」

「あっ!」

「…!」

「オレ用事思い出した」




もうどうにでもなれ…。

そう思って口を開きかけた私の言葉を遮ったのは、わざとらしく手をぽんっと叩く秋人だった。




「ほら、邪魔邪魔邪魔。お前らどけ」

「わっ、おい」

「もう! 秋人くんたら強引なんだからぁ!」




しっしっ、と猫を追い払うかのようにゆうきと京子を強引に立たせる秋人。

そして奥の席から脱出した秋人の腰に、京子は無邪気に抱き付いた。




「秋人くん、もう帰っちゃうの?」

「んー、そうねぇ」




いつもの秋人なら、ここらで「キ」のつくサービスをするところ。

ところが秋人は京子の腕をするりと抜けだし、あろうことか私の腕を掴んだのだった。




「ほれ、行くぞ」

「へ?」

「ではでは諸君ごきげんよう。さようならおやすみなさいまた明日」

「おい、秋人。金はどうすんだ?」

「そりゃ佐助、もちろん全額ゆうきちゃん持ちで」

「はぁ?!」

「了解~」

「ごちになるぜ、ゆうき」




腕を引っ張られて店を出る間に、繰り広げられた会話。

驚いてくるりと顔だけ振り返ると、グーサインの佐助(ちなみに佐助は事情を知っている)とウインクする明。

一体何が起こったのか思考が追い付いていないけど、何となくこれだけは分かった。




「……さんきゅ」




今、自然に笑えてるってこと…。





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