しょっぱい初恋 -短編集-





「-―えーっと…秋人さん?」

「んー…」




店を出てから、二人で夜道を歩く。

どうやら秋人は、私の家まで送ってくれるらしい。




「腕…」




ずっと掴まれたままなんですが。

どうしたら良いのか分からず言葉に詰まっていたら、「あー、はいはい」とあっさりと離してくれた。

いつものように両手をズボンのポケットに突っ込んで、変わらず歩き続ける秋人に、思わず笑いがこぼれる。




「クス…」

「なーに笑ってんだよ」

「別にー、……今日はありがと」

「ん…」




こんな風に外に連れ出したのは、きっと気を使ってくれたからなんでしょ。

お好み焼き屋での事とのいい、さっきの事といい…。

秋人だけじゃなく、明と佐助も気にかけてくれていたことを思い出すと、さっきまでのイライラが嘘のように消えていった。


だけどそれと同時に思うのは、今日のあいつの態度。

はぁ、やっぱりきつかった。




「ゆうきのこと…?」

「…!」

「ほんと、晴は分かりやすいなー」

「わ、悪かったねっ…」




だって仕方ないじゃないか。

どんなに頑張ってみても忘れられないんだから。

どんなに見ないようにしてみても、結局目で追っちゃうんだから…。


嫌いになんてなれないんだから…。




「あいつが好き?」

「…うん」

「そ…」

「他の人なんてっ…」

「うん…」

「好きになれない…よぉっ」

「……」




そりゃあ私だって努力はした。

だけど無理だった。

男の人に話し掛けられたって、頭にあるのは彼の事ばかり…。


それぐらいまだ好きなんだって。しょうがないんだって。

うつ向いて泣きながら話すそんな私の側で、秋人は何も言わずただ話を聞いてくれた。




「うっぐ…ひっ……」

「……晴」

「…っ?」

「慰めて欲しい?」

「…へ?」

「でもごめん」

「!」

「……慰めてやれるほど、俺優しいやつじゃない」

「あ、秋人…!」




いつの間にか秋人の声が耳元で聞こえる。

ポケットに隠されていた手は、私を包むものに変わっていた。


きつくきつく…。

秋人に抱き締められていた…。




「……」

「……」

「俺にしちゃえば良いじゃん…」

「な、何言って…。悪い冗談言わ…」

「んな訳ないでしょ」

「……」




ぎゅっ。


更に腕の力が強くなった…。




「直ぐにとは言わないから…」

「……」

「ゆっくりで良いから、俺を見ていきなよ」

「…っ…」

「利用したって構わない…」

「そ、んなのっ…」

「他の奴を頼られるより良い」

「…あき、とっ…」

「好きだ、晴が…」




そして言った。

「ずっと待ってるから」って。




「何、それっ…」

「ん?」

「優しくないってっ…、言ったのに…っ」

「あ、惚れちゃった?」

「ばかっ…」




アンタって最高に、優しいやつじゃない…。





「――落ち着いた?」

「ん…」

「じゃ、行こうか」

「……秋人」


 

止めていた足を再び動かした私たち。


何だろう、何だか暖かいものが流れ込んでくる…。




「ありがと…」




私の心に一陣の春風が届いた…。







一陣の春風(了)



(あ、秋人…)

(んー…)

(ちゃんと身近を清算しといてよ…)

(ハハ、りょーかい…)




< 7 / 20 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop