今宵、闇に堕ちようか
『立て続けに水嶋さんのお子さんが診察にきていたよね。二人とも保険会社に申請してるみたいだけど』
「ああ。上のお子さんは打撲で、下のお嬢さんは捻挫です」
『そのことでね。ないとは思うけれど、君と水嶋さんが結託してるんじゃないかっていう話を耳にしていてね』
「は?」と俺はマウスに手を伸ばしかけて、手を止めた。

『いやね、僕は心配しているんだよ。そんなこはないと信じているよ。信じているはいるけれど、そういう話を耳にした以上、確認とらないといけないから。社長としてね』

 俺は子機を耳にあてたまま、目をそらした玲子の顔を思い出す。あの表情に違和感があったのは間違いない。だが、玲子が社長に言ったとは、思いたくない。確証もないから、確認のとりようがないが。

『水嶋さん、一生懸命お仕事してくれる子だから、そんなことはないと思うんだよ』

 俺はマウスに手をのせた。さえこの長男のデータと引っ張り出してくる。

「社長、気になるのなら夕方、院に顔を出しにきてください。電話ではなんですから、会って俺の口からきちんと説明しますので」
『ああ、わかった。そうしよう』
「では。失礼します」と俺は言って、社長が電話を切るのを待ってから子機をデスクに放り投げた。

 ゴンっと低い音がして、子機が左右に小刻みに揺れた。

「くそっ」と汚い言葉を吐き出す。
「あほか」とも、吐き捨てる。椅子の背もたれに背中を預けて、白い天井を見つめた。

『院長ぉ』とか細い声がして、ノックもせずに院長室の扉が開いた。

 ノックぐらいしろや!
 じろりと扉に目をやると、施術スタッフを取りまとめている斎藤結衣が入ってきた。

「院長、これ。2階の喫煙ルームで見つけたんですけど」と結衣が手に持っているものを差し出してきた。

 スマホだ。間違いない、俺のスマホだ。

「水嶋さんがね。院長が携帯を探してるって言っていたので」
「あ、ああ」と俺はスマホを受け取った。

 喫煙ルームに置きっぱなしなっていたのか。たばこ吸うときに、携帯も持っていただろうか。覚えてないが。まあ、見つかってよかった、と思うか。

 てか。結衣が見つけるって、仕事はどうした? 施術ルーム、いま暇じゃねえだろ。


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