今宵、闇に堕ちようか
『話があるの』
『ライン、見て』
『お願い』
『私の話を聞いて』
『ねえ』
『ねえってば』
『裕』
『ひろ』

 3分から5分おきに、ラインが鳴る。深夜3時すぎ。俺はスマホを握りしめると、「うるせー」と投げつけた。
 ゴンっと床に落ちた。絨毯の上に落ちたスマホは、忠実にまた『ラインっ』と可愛らしい声をあげた。

 うざい。さっさと寝ろよ。あいつ、主婦だろ。夜中にライン攻撃して、いつ寝てんだよ。
 うとうとしかけたころに、電話がかかってきた。計画犯なのだろう。ライン攻撃で相手が眠さの極限にいたったところで、電話をかけてくる。意識が薄れたところで、うっかり電話に出てきてしまう。それを狙って、いままでライン攻撃していたのだろうか。

 寝ぼけ眼で耳にスマホをあててから「しまった」と激しく後悔した。

『祐、ちゃんと話を聞いてほしいの。私を無視しないで』
 かすれ声で、鼻をすする音が聞こえる。泣いていたのか、泣いている風を醸し出しているのか。俺にはわからないが。本気で泣いていようがいまいが、今の俺には関係ない。

 どうしたの?とか心配する気も起きない。数週間前だったら違ったかもしれないが。
 俺の牙をむいて、噛みついた女だ。今更何をしようが、迷惑でしかない。

「うざい」とだけ言って、俺は通話を遮断した。

 スマホの電源を切りたいが、これを切ってしまったら、めざまし機能が使えないし。

 この際だから、目覚まし時計を買ってしまおうかと頭の片隅で考えながら、意識を遠くに飛ばした。





「院長、両替お願いしまーす」と院長室の扉を開けて、さえこが明るい声で入ってきた。
 くるっと巻いてある髪が肩の上で揺れる。まるでその揺れが催眠術の暗示のように見えてしまうのは、きっと俺が連日にわたって寝不足だからだろう。

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