今宵、闇に堕ちようか
 ケーキをちらつかせれば、戻ってくるだろうか?

 既読がつき、数秒ほど待っても返事がこない。いつもなら、既読になるなりすぐに返事がくるのに。
 待つこと20秒もなかったが、長く感じられた。返事はラインではなくて、どうやら電話らしい。
 手の中でスマホがブルブルと振動を起こす。「ん」と俺はスマホを耳にあてた。

『ケーキ、もらって帰ってくるの忘れちゃったなあって思って。楽しみにしてたんだ、ケーキ。黒野さんがハナモリに泊まるんじゃあ、もらって帰るの悪いでしょ。院長に、って思って買ってきたんだから。水曜日は定休日で取りに行けないし、木曜日の休憩時間のときに食べようかな。そしたらスポンジが固くなってるかなあ。それは勿体ないなあ』

 カツカツと電話の向こうでブーツの足音がリズミカルに聞こえてくる。意外と速足なようだ。リズムをきざむ音が早い。

「戻ってくるか?」
『え? なんで?』

 ケーキ、食いたいんだろ? なら戻ってくればいいだろ。

「ケーキ」
『やだよ。黒野さんが泊まってるのに、ばれないように取りに行くなんて無理な話でしょ。絶対にばれる。なんでケーキを持って帰るの?ってなるじゃん』
「帰った」

 こいつ、鈍感だな。

『帰った!? ハナモリに泊まるって言ってたけど?』
「帰った。さっきタクシーに乗ってった」
『ん?』とさえこが不思議そうな声をあげた。

 信じてない返事なのか。それとも、玲子の行動の意味が理解できなくての曖昧な返事なのか。

「寝ているか、確認したかったんだろ」
『ふーん。なんで?』
「知るか」

 知ってる。俺は玲子の行動の意味を知っている。その後の期待をしているから、だ。もう何度も同じことを繰り返してきたから。

 ハナモリで働く人間たちを引き連れて飲んで別れたあとに、玲子を呼び戻して会っていた。今夜も二人で会えるのを期待して、ハナモリのドアの向こう側で待っていたのだろう。
 俺が寝ているとは信じずに。実際、寝てなかったけれど。それは玲子を誘うためじゃない。玲子とはもう終わった関係だ。

 もう、俺は玲子はいらない。そこらへんにいる独身女と対してかわらない面倒な女だとわかったから。もう、関係を続ける意味を失った。


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