オウリアンダ
 エアコンの涼しい風が心地よい。
 辺りを見回すと、家具やテレビ、時計、全てが高級品に見えた。あの女は自分と同い年くらいに見えた。どれだけ金をもっているんだ。
 そう思うと羨ましく感じると同時に、なんだか妬ましくもなった。だが、そんな思いはすぐにかき消される事になる。
 なんともいい香りが、引き戸一枚挟んだ台所から漂ってきたのだ。さっきまで嫉妬でいっぱいだった俺の頭を、もう何が食べれるのかと云う想像が駆け巡っている。醤油の芳ばしい香りに、何かを煮ているのかグツグツと云う音が微かに聞こえる。どうやら料理が出来るというのは本当なのだろう。俺は期待に胸を膨らませた。
 しばらくして、料理が運ばれてきた。メニューは煮込みハンバーグ、生姜焼き、味噌汁、サラダだった。ヨダレが止まらない。どれもここ最近食べていないものだった。いや、まともな食事自体が久しぶりだ。
「ハンバーグだけは冷凍ですが、煮込みソースはちゃんと作ったんですよ。」
 正直、冷凍でも何でも構わない。早く食べたい。
「いや、すごいよ!コレ全部食べていいのか!?」
 俺は興奮している。ものすごく。
「どうぞ」
 女がそう言い、優しく微笑んだ。その瞬間に俺はいただきます!と料理にがっついた。
 美味い!ホントに美味い!倒れるぐらい食べてなかった俺を気遣って、あえて肉料理を二品出してくれたのだろう。
 ハンバーグの煮込みソースは甘めに作ってあり、ご飯が恐ろしく進んだ。煮込みソースで甘くなった口の中を、サラダのドレッシングの酸味がちょうど良い具合に中和してくれる。
 生姜焼きは生姜の香りと醤油の香りがたまらない。豚肉は柔らかく、油っこくなく、無駄な油がきちんと炒めた時に拭き取られている事がわかる。生姜はすりおろしたものだけではなく、刻みしょうがも一緒に入っていた。
 しばらくがっついていたが、頭に血がいくようになり、俺は女の名前も知らない事に気付いた。それにまだお礼も言っていない。
「その…まずはいろいろとありがとう。本当はもっと早く言わないといけなかったけど、遅くなってしまってごめん。名前はなんて言うの?」
 女はまたニコッとして頷いた。
「私はマコって言います。あなたは?」
今度は女が聞いてきた。マコか。源氏名かな。
 そういえば俺もまだ名前を名乗ってなかった。
「俺はタカノリ。その…なんていうかな。敬語がなんか違和感ある。多分、立場上敬語を使わないといけないのは俺だし、タメくらいだよね?タメ口で喋ってよ。じゃないとますます頭が上がらない。」
 マコは素直に敬語をやめてくれた。若干俺の気持ちは救われた。
「タカノリ…じゃあニックネームはターカだね。」
 なんだか分からないが突然ニックネームを決められた。突拍子もない発言だったが、俺はターカと云うニックネームが気に入った。
「ハハ…それでいいよ。」
 料理を食べてる俺をマコが嬉しそうに見てくるのが恥ずかしくて、俺は急いで料理を平らげた。
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