夢おとぎ 恋草子
気の張る状態から解放され
安堵してほっと胸を撫で下ろしたと同時に
一抹の寂しさを感じたのは
ここだけのお話でございます。内緒ですよ?


ほどなくして雲雀さまが目にも美味しそうなお菓子を掲げて
戻ってきました。思わず はしたなくも 
うわぁ!と声を上げてしまいそうになるその美しさと甘い香りに
先ほどのときめきも一気に霧散してしまいました。


常盤さま曰く、この時の殿は
呆れつつも慈愛の微笑みで
やれやれ…まだまだ子どもだな、と
小さく息を吐かれたそうにございます。

でも!仕方がないのでございます。
甘い恋のときめきより甘いお菓子の芳香方に
惹かれてしまいまうのですから・・・。


きゃあきゃあとはしゃぐ雲雀さまと私を眺めつつ
盃を干した殿がしみじみと仰せになられました。


「私にも菓子ではしゃぐ愛らしい頃があったな・・・」

「殿も甘いものがお好きでいらしたのですか?」


応えたのは雲雀さま。近江さまがいらっしゃらなくてよかった。
もしこの場にいらしたなら
お菓子を頬張りながらお喋りするとはお行儀が悪い!と
またお叱りを受けるところでした。


「そりゃまぁ 私とて童子の頃は酒は飲めないし
菓子は楽しみだったよ?
特に内親王さまのところでいただいた菓子は美味かったな」

「内親王さまとお親しい間柄だったのですか?!」

後宮に人一倍憧れている雲雀さまの目がきらきらと輝きだしました。


「殿は元服をお迎えになるまで、童天上をなさっておいででした。
今上帝がまだ東宮だった頃でございます。それはそれは愛らしく利発な
童子だったと近江さまから伺っております」


「そうだねえ。あの頃は私もまだ幼くて拙くて・・・
淡く芽生えた想いをどうすればいいのかすらわからなかった」

「芽生えた想いというと・・・恋でございますか?!
元服の前というとまだ十やそこらの子ども?!」

「あぁ、そうだよ?」


それが何かと言わんばかりに動じる様子のない殿の盃に
瓶子を傾けた常盤さまが仰いました。
殿はおませさんですからね、、と。


「まぁ否定はしないがね。でも・・・どんなにませていても
恋を成就させる術は知らなかったのだから まだまだだったねぇ」


まだまだ…なのではなく
十やそこらの童子がそんな術を知らないで当然。
知っていたら恐ろしいと思いますけれども・・・


「私が九つになる頃からだったかな・・・
当時はまだ東宮で在らせられた今上帝の童殿上をしていたのだよ。
齢こそ私の方が少し上だが 
東宮は私をとてもお気に召してくださって
仕える者というよりは ご兄弟のように接してくださってね・・・」


殿の口調が謳うように滑らかになりました。
ほろ酔いも相まって興が乗ってきたのでございましょう
この後は 殿の初恋のお話を伺うことができました。
今でこそ恋の手練れと称される殿でございますが
初心で可愛らしい頃がございましたのね・・・



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