夢おとぎ 恋草子
その狂おしい思いをどうしていいのか分からないまま過すうちに
内親王さまに降嫁の話が持ち上がったのだよ。
お相手は左大臣家の嫡男。
当代一の公達と噂されるだけあって
身分も人柄も一際優れていてね。
お主上と女御様の初めての御子であり
御二人が殊更にご寵愛なされていた内親王さまのお相手として
彼の方は申し分のない殿方だったのだよ。


京中の誰もがこのご結婚を絵物語のようだと褒めそやし
憧憬を抱きつつ祝福したものだ。
唯一人・・・私を除いて、ね。



あの方が降嫁される。
月から舞い降りた姫君のように穢れなき可憐な乙女が
他の男の妻になってしまわれる・・・



焦燥のままに馬で駆け
広い野の真中で 刀を振り回し闇雲に草木を切付け
あぁせめて元服していたのなら、と歯噛みもしたが
いくら元服して名ばかり大人になったとしても
既に中将であった大臣の嫡男には
年齢的にも家柄も どう足掻いても太刀打ちできない。


それよりも何よりも お慕いする姫君は畏れ多くも内親王さま。
帝の御子であり皇族なのだ。
降嫁される先は権勢のある上流貴族と
古より決まっている。
私のような上流とは名ばかりの、実情は中流並の貴族など
候補の名にすら挙がらないだろう。 
遥か高嶺の花よ、と遠くから御見上げするのみ・・・


そう。幼くとも私も貴族の端くれ。
出世であれ結婚であれ
家柄の良し悪しが物を言うのは痛いほどわかっていたから
ただただ無念で 我が身を恨む事しかできなくてね。


恋の悦びと哀しみを一度に知ったその秋は
落葉する様すら一段と切なく感じられたものだよ。



その後 降嫁の御支度に暇の無い内親王さまには
再びお目にかかることもなく・・・ 
年が改まり 私は元服して大人に成り
その同じ吉日に 内親王さまは降嫁なされたのだよ。
私は十三 内親王さまが十七にお成りの初春だった・・・



これが私の 言うなれば・・・初恋の顛末だ。



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