夢おとぎ 恋草子
そんなことがあってからというもの
後宮への東宮のお渡りが待ち遠しくてしかたなくてね。
こらこら。現金なものだと お笑いになるものではないよ?
まだまだ情緒や粋などというものが解せぬ
ほんの子どもだったのだから仕方あるまい。


東宮の後宮へのお渡りがなくても
文遣いやら何やらと口実を作っては後宮へ赴き
偶然を装って内親王さまの御部屋近くを何度も行き来したものだよ。
そんな私に内親王さまがお気づきになられた時などは
お優しくお声をかけてくださってね。


二言三言と言の葉を交わすだけの時もあれば
お部屋に招いてくださることもあってね。
お傍近くで絵巻物を眺めたり、物語を読んだり・・・
そんな時は天にも昇る心地で過したものだ。
ああ、内親王さまの琴に私の琵琶を合わせたこともあったな。
大そう褒めてくださったものだから
嬉しくて稽古に精を出したものだ。
可愛かったな、私も。


そんな風に内親王さまと過す日々は
まるで花咲き乱れる春の陽だまりの中に居るように
温かく穏やかで幸せでね。
古の話に聞いた これぞまさに桃源郷だと
幼いながらに思ったものだよ。


いつまでもこの幸せな時がつづけばいいと
心から願っていたのだが・・・
その願いも虚しく私の春は長くは続かなくてね。


決まってしまったのだよ。私の元服が。


元服をしてしまえば
これまでのように気安く後宮には出入りできなくなる。
内親王さまにもお目にかかれなくなる・・・と思ったその時の
胸が詰まるような苦しさといったら なかったね。

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