さちこのどんぐり

決戦の前夜、
木村は人目につかないよう暗くなってから、
買いそろえた撃退グッズをフル装備して、
決戦の場となる独身寮の入口脇にあるゴミ置き場前にいた。

木村の頭の中にある必勝作戦の段取りをリハーサルするためと
勝つイメージトレーニングのためだった。



「うわ!」

そんな木村に、たまたま通りかかった吉田克弥は驚いて声をあげた。


「あ、吉田か?すまん。すまん」

吉田と木村は、かって同じ東西商事での同期
ずっと営業畑だった木村とは違い、頭がよく理論派だった吉田は
企画部門から最期は経理部を経て、一昨年に定年を迎えていた。

嘱託職として木村のようにラインから外れて仕事を続けることもできたが、

「のんびり夫婦で過ごすよ」

埼玉に自宅があった吉田はそう言ってたのに
彼の妻が病気になり、この寮の近くのホスピスに入ってから
自宅を売り、この近くに引っ越してきたのだ。

その日、吉田は会社の近くの公園でたまたま出会った小野寺と少しお酒を飲んだ後、
自宅への途中にあるコンビニで買い物を済ませ、帰宅する途中であった。

「何やってんだ?木村」

夜に、奇妙な恰好で立つ木村に吉田は尋ねた。

「いや…気にするな。それより今日も奥さんとこ行ってたのか?」

「ああ」
吉田は木村の顔を見ることもなく俯きなら、そう答えた。

あそこに入院してるということは治る見込みがないということだ。
木村は吉田の表情と声に重く悲しいものを感じていた。

「じゃあ、俺は行くよ」
そう言って家路に向かい歩き始めた吉田に木村が声をかけた。

「吉田、今度飲み行くか?たまには付き合えよ」

「木村…ありがとな」

そう言って街灯の灯りのなかを歩いていく吉田の背中を木村はずっと眺めていた。

同期で仲の良かった吉田の奥さんとは木村も面識があった。
彼の家にお邪魔をし、そこで食事をご馳走してもらったことも少なくない。
明るく、優しい女性で、離婚してしまった木村とは違って本当に仲の良い夫婦だった。

だから、今の吉田のつらい心中を考えると木村にはさっきの一言が精いっぱいだった。

吉田の背中はやがて夜の闇のなかへと見えなくなった。

それを見送った木村は再び社員向独身寮の正門脇を見つめた


そして、明日の決戦の勝利に決意を固めていた。

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