強引社長の甘い罠

嬉しい気持ち

 すっかり元気になった私は、午後になり、システム開発室にある自分のデスクの上に広げられたエステティックサロンのパンフレットを眺めながら、ぼんやりと今朝のことを思い出しては、あれこれ考えることをやめられないでいる。

 今朝、私をアパートまで送ってくれた祥吾は、車から降りて私を玄関まで送ると、自分はそのまま一人で会社へ向かった。もちろん祥吾はずっと優しかったし、別れ際には愛情のこもったキスをしてくれた。だけど私の部屋にほんの少しでも上がりこむことはなかったし、私の仕度が終わるのを少し待って、一緒に出勤しようとはしなかった。私としては、せめて途中まででも一緒に行きたかったのに。

 思わず一つ、溜息をついた。本当は分かっている。祥吾はこの会社の社長なのだ。社員である私との交際を知られるわけにはいかないことぐらい充分に理解している。私だって、私が原因で祥吾や、そして聡を、給湯室で交わされるおかしな噂話の主人公にしたくはない。

 気を取り直して私はパンフレットに目を向けた。
 オートオークションのWebサイトについて、私の仕事はほとんど終わった。あとは細かい修正が入ったときや、追加ページが必要になったときに手を加えるだけだ。及川さんも翻訳を終えたあとは別のサイトを手掛けていたけれど、私が日本語バージョンのページを作り終えたところで、資料にはなかった細かい部分を英語に直すことも含めてサイトの仕上げに掛かっている。

 私が今なんとなく広げて眺めてはいるけれど、まったく集中できていないこのエステティックサロンのパンフレットは、鈴木課長から今朝渡されたものだ。
 課長が個人的に通っているらしいこのサロンが、集客を上げるために広告を見直すことになり、まず最初の段階としてWebサイトのリニューアルを行うことになったそうだ。
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