強引社長の甘い罠
 二人の客室係が順番にクロッシュを取っていく。美しく盛り付けられた見慣れない料理が食欲をそそる匂いを放ちながら目の前に差し出された。はしたなくも、ゴクリと小さな唾を飲み込んでしまった。食欲がないなんて、冗談だったとしか思えない。

 黙って私の様子を見ていたらしい祥吾がほんの少し微笑んだようにみえた。気づけば客室係は立ち去っている。

「乾杯しよう」

 祥吾がシャンパングラスを手にして少し掲げてみせた。黄金色の液体の中で細かい気泡が踊っている。これが私が飲んだことのあるような、スパークリングワインじゃないってことは聞かなくてもわかる。私もグラスを持つと棘のある声で言った。

「……何に?」

「君が無事だったことに」

「私が? それだけでこの食事? 大げさね」

 思わず私が笑うと、祥吾もにんまりと笑った。だけどすぐにその顔は元のいかめしい表情に戻ってしまった。

 彼のこの気持ちの変わりようはいったい何なの? 心配そうな表情をしたかと思えば途端に冷たくなり、かと思えば一瞬見せる笑顔。私の心はその度に浮いたり沈んだり、ときめいたり、腹が立ったり、忙しい。振り回されるのは嫌。彼はいつからこんなに居丈高になってしまったの? そして私はどうして大人しく従ってしまうの?

 しばらく祥吾と向かい合って座り、黙って食事を進めていたけれど、私の胃はやっぱり急には食べ物を受け付けなかった。おいしい料理もこれ以上は食べられそうにない。
 私は三分の一ほど食べたところで皿を押しやった。すぐに祥吾の瞳が鋭く細められた。
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