強引社長の甘い罠
 良平が隣でスマホを取り出した。

「ごめん、ちょっといい?」

 何のことかと思って首を傾げたら、彼が持っていた電話を指差した。ああ、電話がかかってきたのね。音が鳴らなかったからわからなかった。私が頷くと同時に良平が電話に出た。どうやら仕事の電話のようだ。

 私はなるべく聞き耳を立てないように、通りのショップや流れる車、すれ違う人々を、何とはなしに眺めて歩いた。オフィス街だからか、行き交う人はスーツを着た人ばかり。そんな光景が当たり前だったから、数メートル先を歩いていた男性の後姿がやけに目についた。

 大きなスーツケースを転がしながら、いかにも休暇で来ましたというラフなTシャツにジーンズ、足元はスニーカーだ。明るい茶色の髪のその人の腕は、光に反射した長い産毛が黄金色に見える。日本人にはめずらしいことから、その人が外国から来た観光客であることは容易に想像できた。

 観光客が珍しいわけではないけれど、それでもこんなオフィス街で見かけることは滅多にない。私は何となくその人の後姿を見つめながら良平と肩を並べて歩いた。

「わかりました。それじゃあ先にそちらへ寄ってから会社へ戻ります」

 良平の電話が終わったらしい。彼は胸ポケットにスマホをしまうと私を見下ろして苦笑した。
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