強引社長の甘い罠

真実

 私が思ったとおり、時計を落とした男性は旅行者だった。一昨日、アメリカから日本に来たばかりだと言う。
 笑うと目尻に刻まれる皺が優しげな印象の彼はメイソンと名乗った。今年五十八歳だそうだ。後ろ姿を見たときはもう少し若く見えたけれど、間近で見るとなるほど、確かに刻まれている皺がそれだけの人生を歩んできたのだろうとわかる。ブロンドに近い茶色の髪は明るく、白髪もところどころ混じってはいるけど日本人のように黒髪じゃないからだろうか、白髪というよりはグレーに見えた。瞳も同じグレーだ。

 私が拾った時計はやはりとても大切なものだったらしく、彼はお礼がしたいと言った。一度は断ったけれど、彼がどうしてもと譲らないので、私は素直に彼の好意を受けることにした。私たちは最初に良平と待ち合わせをしたカフェのオープンテラスで向かい合って座った。

「大切なものだったんです。コーヒー一杯で済ませようとすることが申し訳ないくらいに……私には命よりも大事といっていい物なんです。本当にありがとうございました」

 とても流暢な日本語だ。

「そんなに大切な物だったのなら、あのとき私も気づけて良かったです。こちらこそ、当たり前のことをしただけでこうしてコーヒーを頂いてしまい恐縮です。あ、えっと、恐縮っていうのは……」
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