強引社長の甘い罠
 すぐにフロアがまた騒がしくなった。皆、何が始まるのだろうと興味津々の様子でこちらを食い入るように見つめている。あちこちから囁き声が聞こえていた。私も隣で祥吾を見上げた。彼はいったい何をするつもりなの?
 祥吾はまた私を見て微笑むと、フロア全体を見回して公然と言った。

「まずは報告させてください。私は今、ここにいる七海唯さんと、お付き合いをさせていただいております」

 祥吾の爆弾発言に、フロアはこれまで以上に騒々しくなった。男性の太い声でどよめきが起こり、女性の失神しそうな悲鳴にも似た声が響き渡る。皆、思い思いのことを口にしては祥吾と、隣に立つ私を見上げていた。

 考えてもみなかった展開に、私は驚きで瞬きを繰り返す。そんな私に祥吾は腕を伸ばすと、全社員の前であるにも関わらず、私の肩を抱いて自分の方へと抱き寄せた。
 彼のスーツの下にある筋肉の動きと体温を頬に感じる。そしてごく控えめに、スパイシーな中にも甘さが残る彼の香水の香りがふわりと漂った。

 顔が熱い。私はもうきっと真っ赤な顔をしているに違いない。普段はわりと落ち着きもある方だと思うし、滅多なことでは感情を表に出さないようにしているのに、祥吾が相手だとうまくいった試しがない。私はいつも彼に翻弄されて彼の思うまま。

 全社員が見守る中、私は前を向くことも出来ず、祥吾を見ることも出来ず、赤くなった顔で俯いてしまった。祥吾は抱き寄せた腕にさらに力をこめて、私を解放してくれる気はないらしい。
 やがて皆が落ち着き、フロアに静けさが戻り始めた。祥吾はそれを待っていたかのように、また話し始めた。

「私はいったんアメリカに帰ります。でも、彼女には日本でまだやるべきことが残っています。私たちはいったん離れ離れになりますが、私は必ず彼女を迎えに来ます。つまり、何が言いたいかと言うと……」
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