続 音の生まれる場所(上)
その後、坂本さんは自分が作り上げたトランペットを見せてくれた。

「何か一曲吹いてもらえませんか?」

お願いする三浦さんに、申し訳ありません…と頭を下げる。

「ここは音を生み出す場所で、奏でる場所じゃありません。定期演奏会に来て頂いた時にお聞かせします」

キッパリと職人らしく断る。その姿を三浦さんは、記事の中でこう評価していた。

『三年という月日の中で、彼は楽器職人としての仕事の意味を再発見したのだろう。音を生み出す場所で楽器を奏でることはせず、それ相応の場所で…と断った。その姿には、職人としての意地があり、また、楽器作りに対する深い畏敬の念が込められているようにも思えた。一人前の楽器職人となる為に彼が積んできた努力の数々は、間違いなく、彼自身の人間性すらも大きく羽ばたかせた……』



出版社へ戻る車内で、三浦さんは坂本さんのトランペットの音色について聞いてきた。

「まだ一度も聞いたことがないから気になって仕方なくてね」

うずうずしてる様子に、気持ちは分かりますと答えた。

「坂本さんのトランペットの音色は、優しくて力強くて…すぐ側で語ってくれる感じがするんです。…あの音を聞いたら、他の音は何も…耳に入ってきません……」
「…へぇー…それは小沢さんだけがそう感じるんじゃないの⁉︎ 」
「えっ⁉︎ ち、違いますよ!誰でもきっとそうです!定演聞きに来てもらえれば、理解して頂けます!」

本気で言い返す私をからかっただけと笑う。子供みたいなことを言う上司に呆れながら、さっきの彼の話を、ずっと思い返していたーーーー。
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