続 音の生まれる場所(上)
通い出して三年になる。入団した頃はサードフルートだったけど、今はファースト。
同じフルートパートのファーストをしてた峰さんが、現在育児休暇中だから。

「せっかく真由ちゃんがファーストフルしてっから、『ペールギュント』とかどうだ?」

柳さんの発言に皆が曲を思い出す。

『ペールギュント』というのは、グリーグが作曲した有名な組曲。特に『朝の気分』という楽章は、テレビCMや音楽の教科書にも載ったことがある名曲で、誰もが一度は耳にしたことがある曲だ。フルートのソロから始まり、夜が明けていく情景を、様々な楽器が担当して奏でていく。

そんな曲のトップソロを私が…?

「… いや、それはあまりに冒険し過ぎですよ!」

立ち上がって反対する。いくら何でも、ハードルが高すぎる。

「いんじゃね?」

ハルがニヤッと笑う。

「うん、コンサートの始まりにはお似合いかも!」

シンヤも頷く。

「真由ちゃんのフルートにはもってこいの感じじゃない⁉︎ 」
「明るくて楽しくなってくる雰囲気、ぴったり!」

他のパートの人達まで言い出す。

「いや、あの…勘弁して下さい!私、そこまで上手くないですから‼︎ 」

フルートの演奏を再開してまだ三年かそこら。この楽団には、私よりも経験の長い演奏家がゴロゴロいる。

「心配しなくても大丈夫。上手いって!自信持っていい!」

柳さんの一言であっさり決定。重荷だぁ…。



「…早速ナツに報告だな」

練習終了後、立ち寄ったカフェでハルがメールを送る。ナツというのは、中学時代の同級生。元ブラス仲間で親友。現在はブラスを離れ、ロックバンドのドラマーをやっている。


「…頑張れだってさ!真由!」

Vサインの絵文字付き返信メールを見せられる。やれやれだ…。

「『朝の気分』か…気重いなぁ…」

カフェオレ飲みながら愚痴こぼす。友人たちは他人事だと思って、呑気に構えてる。

「いいじゃん、あの曲は真由子の好きな曲だし」
「密かに練習してんの、俺もシンヤも知ってんもんな」

シンヤとハル。付き合い長いだけに、なんでも知ってる…。

「練習してるけど、あれ結構難しいんだよ。定演でソロなんて、とても自信ない…」

「そんなん言っても、もう決まったし!」
「真由子ならできるよ。僕が保証する!」
「保証なら俺もしてやる!お前みたいな肝の据わった奴、他にいねーから大丈夫!」

ははは…って、冗談も甚だしい。


三人でたわいも無い話して別れる。土曜日はいつも大抵こんな感じ。そして、日曜日は……
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