続 音の生まれる場所(上)
「遅っせーぞ真由子!」
「ごめ〜ん!」

近所の公園で待ち合わせ。相手は二つ下の幼馴染みの男性。

「カズ君のお弁当作ってたら遅くなった!」

ホラッと見せる保冷バッグ。

「今日のおかずは生姜醤油で下味付けた豚肉を焼いて、卵焼きとピクルスと…」

説明も聞かずに歩き出す人についてく。
幼馴染みの名前は江上和馬(えがみかずま)。スポーツ用品を扱う会社の営業マンをしてる。

「真由子、悪いけど今教えないでくれよ。食べたくなる」

チラッとこっちを振り返って笑う。実はこのカズ君の少しだけ照れた顔が、私の一番のお気に入り。

「うん、じゃあお昼まで楽しみにしといて!」

ジャージ姿の彼が伸ばしてきた手を握る。カズ君は私の彼。半年前から付き合ってる。

草野球チームでファーストを守ってる。身長180センチ越えの背の高い彼は、小学校の頃から野球一筋。
大きな身体に似つかわしくない可愛い鼻と耳が特徴で、お目目パッチリで、歌舞伎の女形みたいな顔をしてる。
そんな彼と付き合いだしたキッカケは、ひょんな事から偶然が重なって、何度かたて続けに会ったから。
野球とブラス、趣味もバラバラで何の接点もない私達だけど仲はいいと思ってる。

日曜日はこんなふうにカズ君と会って、彼が所属している草野球チームの応援に行ったり、一緒にデートしたりして過ごす。高校以来の彼氏だから、少し浮かれ気味な部分もあるけど大事にしてる。


「今日の試合勝てそう?」

万年負けてばかりいる草野球チームだけど、一生懸命やってるから聞いてしまう。

「余裕だよ!任しとけ!」

笑い飛ばしてる。相変わらず負けず嫌いだね、カズ君は。

「じゃあ頑張って!」

信じて応援する。結果なんて二の次。要は楽しければいいんだから。

(私達と同じだよね。ただ好きな事してたいってだけ…)

所属している楽団と似てる。好きな事を仲間達と共有してやりたい。そう思ってる。



……三年前の日常とは少し変化してる今の生活。

それはあの人が異国へ旅立ったまま、何も言ってこないから。楽器作りがどれ程進んだのかも、さっぱり情報が入ってこないないから。待つことに疲れて、涙と溜め息ばかりを繰り返してきた末の答え。


(彼とはもう…会えない…)

胸をかすめる思い。いろんな気持ちを抱えて送ってきたこれまでの日々を、少しだけ思い返してみようか……。
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