レンジ
イベントは大盛況のうちに終了した。大きな混乱もなく胸をなで下ろす俺の横で城田はしきりに、雪菜ちゃん雪菜ちゃんと繰り返していた。

「さて、仕事も終わったし、雪菜ちゃんに会いに行こう!」

この人の発想にはいつも驚かされる。

「後片付けもありますし、まだ隊員が全員戻って来てません、人材の管理をしなきゃダメじゃないですか!」

城田は少しむくれると警備隊長を呼び声をかけた

「ごめんね、どうしてもやらなきゃいけないことがあってさあ、いいかな?任せちゃって。さすが!やっぱりできる男は違うなあ!」

警備隊長は素直に敬礼をすると作業に取り掛かかった。

「この件は…」

「ほらいくよ!」

なんだかんだ主導権を握られてしまう、それでも憎めないのだから、得をする人柄だ。

「たしか楽屋はこの辺りで…あったあった!ねえねえ、入ってもいいのかな?」

良いはずがない。一体どこまで自由なんだ。ダメに決まってますと伝え帰り際に挨拶だけにしましょう、となだめる。
しかし、城田は入ってお話がしたいの一点張りだ。

こまったな。

「あの…」

声がした方を振り向くと阿部雪菜が立っていた。流石に端正な顔立ちで、髪は黒のセミロング、近くで見ると一層人形のようだ。

「警備の方ですよね?私の楽屋になにかたったんですか!?」

それもそうだ、制服を着た2人の警備員が楽屋の前で話していたら心配になる。

「いや、全くそのような事はありません!ただ、こちらの者がどうしても一声かけたいと言っていまして!」

城田の方に目をやると、そこには誰もいない。騒ぐだけ騒いで緊張に耐え切れず逃げてしまったようだ。

「えと、あの。なんでしょう?」

「なんでしょうね、俺、あ、私も困惑しています。多分お疲れ様でしたと伝えたかったのかと思います。」

本当にそうなのかは判らないがこんなところで良いだろう。

「ありがとうございます!わざわざそんな事の為に。」

くすくすと笑う阿部雪菜に思わず見とれてしまう。妻にもこのように可愛い時期があったのだろうか。

「どうかしましたか?今日はお疲れ様でした!」

お疲れ様でしたと挨拶をしその場を離れ城田の元へ向かった。

「可愛いかったねえ」

「可愛いかったねえじゃないでしょう、一人残された俺の気持ちにもなってみてください。何も考えてなかったから会話に困ったじゃないですか!」

「うんうん、でも可愛いかったでしょ?」

まあそれは間違いなく。と認めると現場を後にする事にした。

帰りは阿部雪菜の事を忘れたかのように城田はドラナイの話に熱中していた。
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