ワンルームで御曹司を飼う方法


【3】



「Thank you for a ride(乗せてくれてありがとう)」

「have a nice trip!(良い旅を)」

 私は車から降りてリュックを背負いなおすと、振り返り運転手のおじいさんにお礼を述べた。

 ピックアップトラックがオーストラリアの広大な道を去っていくのを、見えなくなるまで手を振り続ける。そしてにひとり残された私は快晴の空を見上げ、太陽の眩しさに目を眇めた。

「懐かしいな、オーストラリアの空。あのときは上から見下ろしてたんだっけ」

 ここはオーストラリアのノーザンテリトリー。

 いつかあの人と来た場所へ、私は今、自分の足でやって来ていた。



 ――あの同居生活が終了した日から、三年の月日が経った。

 小さなワンルームでまたひとりの暮らしに戻った朝、目覚めた瞳に映る景色はなんだか晴れ晴れとして見えて。

 支えてくれる存在が去ってしまっても、私の胸には前を向く勇気と強さと、きっと永遠に消えない温かな思い出が残っていた。


 会社を辞めると決意したのはその週のこと。私の銀行口座には結城コンツェルンから『宿泊代』と称したお金が振り込まれており、最初は受け取ることを躊躇したけれど、新しい一歩を踏み出すため彼が残してくれた応援だと思うと、拒むことよりそれを活かすことが正しいような気がした。

 新しい『やりたいこと』を見つけた私は、その日から早速準備を始めた。

 最低限の会話が出来るように諸外国の言語を学び、文化や特徴を学ぶ。海外旅行初心者の私でも出来るような安全なバックパッカーの方法とルートを探す。行き着いた先で宿と食事が確保出来るように、ボランティアのマッチングサイトをあらかじめ調べる。

 そして会社を辞めた翌週にはあのワンルームも引き払った。

 充との思い出がいっぱいの部屋を去るのは少し迷ったけれど、過去の場所で足を竦ませるより、新しい彼を見つけにいくことを選択したのだから。後悔はない。

 ――あの人の軌跡を探しに、旅に出よう。
 
 それが、充が去った日に私が見つけた『新しくやりたいこと』だった。

 まっすぐ前を向き続けられる誰より強いあの人を、もっと知りたくて。私は彼との会話の記憶を辿りながら、世界中を旅することを決めた。

 そして、彼の足跡を辿ったその先に、きっと新しい自分を見つけられるような気がする。

 そんな漠然とした、けれどとても強い思いに私は突き動かされ、周囲の心配する声にも負けず一歩を踏み出すことにした。
 

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