ワンルームで御曹司を飼う方法

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 やっぱり今日も2台のリムジンに送られて、結城社長は予定通り23時ピッタリに帰ってきた。仰々しく秘書やら執事やらに頭を下げられる中、悠々と格安賃貸アパートに帰ってくる社長の姿はなかなか見慣れる光景ではないけれど、心構えがある分昨日ほどは驚かない。

「宗根っちー、ただいまー。お、なんだ?今日は玄関でお出迎えか?ご苦労ご苦労」

 玄関で靴を履き待ち構えてた私を見て社長は満足げな笑みを浮かべたけれど、それに愛想を振る事無く鞄を掴んで表へ出る。

「待ってたのは確かですけどお出迎えじゃないです。朝約束した通り買い物に行きましょう」

「あー、買い物ね。はいはい覚えてたよ。どこまで行くんだ?国内?国外?」

「国内で都内で区内で町内です。歩いて15分ほどですから」

 そんな会話を交わしながら私たちは随分と静かになった夜の住宅街を抜けて大通り沿いのディスカウントストアに向かった。歩きながらふと後悔したのは、愛用のジーパンにロングTシャツとパーカーと云うラフな格好の私に対して、社長をいつもの高級スーツのまま連れ出してきてしまったと云う事だ。グレンチェックのシックなスーツは着ている人間が上流なせいかエレガントささえ漂う。普段着の私と隣り合って歩けば悪目立ちすること間違いなしだろう。

 到着した庶民的で雑然としたディスカウントストア内ではますます社長の雅やかさが際立ってしまい、浮いてるどころか合成映像みたいな組み合わせになってしまったけれど、私は気にしないよう目を逸らし店の奥へと進んだ。

「社長、この棚にあるワインなら買ってあげます。お好きなの選んでいいですよ」

 そうして私が足を止めたのは酒類売り場、それもお買い得用の棚の前。あちらこちらに『格安イタリアワイン!』やら『納得バリュー・チリワイン』など蛍光色のポップが展開されている。バスケットに詰め込まれるように陳列された324円のワインから、1番高価でも1080円のワインまで、実に頼もしいラインナップだ。

「なんじゃこりゃ」

 きっと生まれて初めて見るであろう格安酒造の数々に、社長は異星人に向けるような眼差しを送っている。そして手近な瓶をひとつ取るとラベルをマジマジと眺めた。
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